研究課題/領域番号 |
18K01628
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研究機関 | 明治学院大学 |
研究代表者 |
室 和伸 明治学院大学, 経済学部, 教授 (10434953)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 信用市場の不完全性 |
研究実績の概要 |
本研究は、金融市場の摩擦がマクロ経済に及ぼす影響を分析する。研究目的は、(1) 全要素生産性(TFP)、 (2) 経済全体の自己資本比率、(3) 投資の楔の決定要因を明らかにすることである。(1)全要素生産性(TFP)が内生的に決定されるマクロ経済モデルを構築して分析する。(2)純資産と資本ストックを区別した新しいマクロ経済モデルの構築を行う。(3)現実経済においては資本収益率が資本の限界生産力から乖離しており、その乖離を示す投資の楔の決定要因を明らかにするために金融市場の摩擦をマクロ経済モデルに導入する。本研究の分析方法は、ストック変数としての担保制約とフロー変数としての担保制約を比較考察し、担保の相違によってマクロ経済動学、全要素生産性、経済全体の自己資本比率、投資の楔にどのような違いが生じるかを、金融市場の摩擦と異質な経済主体が存在 する動学的一般均衡モデルを構築して理論的かつ定量的に分析することである。 金融危機は、自己資本比率を上昇させ、資本の限界生産力に対する資産収益率(ROA)の比率を減少させる。これは、信用収縮によって、資本収益率が資本の限界生産力から乖離し、投資の楔が大きくなったことを意味する。ところが、従来からよく想定されてきた担保がストック変数である借入制約のモデルでは、信用収縮は自己資本比率や投資の楔に何ら影響を及ぼさない。そこで、担保がフロー変数である借入制約を考慮し、金融市場の摩擦と異質経済主体のある動学的一般均衡モデルを構築した。担保制約がストック変数の場合、投資の楔はパレート係数のみから決定され、貸し渋りは経済全体の自己資本比率と投資の楔に影響を及ぼさない。一方、担保制約がフロー変数の場合、投資の楔はパレート係数だけでなく信用市場の不完全性の度合いによって決定され、貸し渋りは経済全体の自己資本比率と投資の楔を増加させる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
実際のデータを検証すると、信用収縮によって、自己資本比率は上昇し、資本収益率が資本の限界生産力から乖離し、投資の楔が大きくなった。担保がフロー変数である借入制約を考慮することで、資本の限界生産力に対する資産収益率の比率は、金融の発展度、企業の異質性、計的自己資本比率によって決定される。金融の発展度の上昇は、集計的自己資本比率を下落させる。また金融の発展度の上昇は、資本の限界生産力に対する資産収益率の比率を上昇させ、投資の楔を小さくする。このモデルが日本経済における2度の金融危機時に当てはまっていることが、データを用いて検証された。 他方、金融市場の摩擦が存在する世代重複モデルを構築し、金融の発展や市場の規制緩和政策が長期の経済成長へ及ぼす影響を分析した。具体的には、独占的競争モデルに信用市場の不完全性を導入した世代重複モデルを構築した。若年期において全員が働いた後、能力がある閾値を超えている者が老年期に企業家となり、能力の低いものは貸し手となる。当初は借入制約がバインドし資金調達が困難な個人が存在する局面があるが、資本が蓄積して経済が発展すると、ある時期にレジームスイッチが起こって、借入制約がバインドしない局面となる。予想される結果は、金融の発展が、信用市場の不完全性を緩和し、レジームスイッチが早期に起こり、生産性の低い企業までもが資金調達可能となってかえって経済成長を遅らせるというものである。一方、財市場の規制緩和は短期的に企業数を変化させないが、長期的には資本も企業数も増加する。つまり、規制緩和政策の効果が現れるまで時間がかかるということである。またレジームスイッチを早めることはない。以上から、財市場の規制緩和を実施してから金融の発展を促進させる政策が望ましいということがわかる。このモデルの財市場均衡と信用市場の均衡の関係が新たに明らかになった。
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今後の研究の推進方策 |
モデルの理論的帰結が、別の期間のデータ、または、別の国のデータにおいても当てはまるのか、結果の頑健性のチェックが必要となる。異質性の度合いを示すパレート係数が経済に及ぼす効果(具体的には生産性に及ぼす効果、自己資本比率への効果、投資の楔への効果)について検証すべきである。経済主体の異質性がマクロ経済へ及ぼす効果についての研究は発展途上であるので、本研究は充分に研究意義があるといえる。金融市場の摩擦が、(a) 実質経済成長率と構造変化に及ぼす長期的効果、(b) 資本分配率や労働分配率で表される所得分配に及ぼす中期的効果、(c) インフレ率と失業率の間のトレードオフを示すフィリップス曲線の形状に及ぼす効果、を定性的かつ定量的に分析する。具体的な研究方法として、金融市場に摩擦が存在する下で、(a) 経済成長と構造変化に関するモデルの開発と改良、(b) 資本分配率の上昇を説明する中期マクロ経済モデルの開発と改良、(c) ニューケインジアン・フィリップス曲線をフラット化を検証するモデルの開発と改良に取り組む。金融市場に摩擦が存在する下で、多部門モデルの開発と改良を行う。 他方、金融市場の摩擦が存在する世代重複モデルを構築し、金融の発展や財市場の規制緩和政策が長期の経済成長へ及ぼす影響を分析したが、これは個人の能力が一様分布に従うと仮定して分析していた。そこで、今後は、個人の能力がパレート分布に従うと仮定することで、異質性の度合いを示すパレート係数が、経済成長や資金調達にどのような影響を及ぼすかを研究することである。個人の異質性の違いと、金融の発展や財市場の規制緩和政策がどのような関係にあるかが分析される。一方、これまでに構築した基本モデルに、バブル資産が導入されると大変興味深い動学的挙動が得られると予測されるので新たに取り組んでいく。
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次年度使用額が生じた理由 |
2021年度もコロナ禍が継続し、研究費の支出ができなかった。2022年度においても、旅費の支出はあまり見込めないため、その分、物品費・その他の支出が増える。研究に必要なデータや書籍、英文校正、論文投稿料への支出に充当される。
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