研究課題/領域番号 |
18K01649
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
小原 美紀 大阪大学, 国際公共政策研究科, 教授 (80304046)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 家計行動 / 家計生産 / 時間配分 / 消費配分 / 日本 |
研究実績の概要 |
2019年度は,まず,家計内生産の中で「子供の健康状態」に着目した研究として,"Effect of Unemployment on Infant Health"を発表した(Kohara, Matsuhima and Ohtake; 2019; 査読付).この論文では,労働市場の悪化が新生児の健康状態を悪化させる可能性を報告している.親が失業したかどうかではなく,景気悪化による労働市場の環境悪化(とくに雇用の不安定性の増加)が影響するという結果であり,その背後に,家計が受ける周産期医療ケアの量や質の低下があることを述べた. つぎに,具体的な家計内生産への投入行動である「夫と妻の家計内労働(時間配分)」について,夫婦の時間決定に関する計量分析の結果を,子供のための家計生産という観点からサーベイした論文を公刊した(「子どものいる労働者の家計内時間配分の決定」小原; 2019年). また,公刊には至っていないが,2019年度に分析を展開した研究として,「低体重出生は出生後の成長に影響するか」を報告した(小原,中山,大竹; 未定稿; 日本経済学会秋季大会で報告予定であったが会が中止された,討論者には議論の機会を頂き論文を修正した).この論文では,子供の健康を作り出す環境要因として自治体の医療政策や親のケアに注目している.行政データの利用による分析の結果,生まれながらの状態だけではなく,出生後の環境が子供の健康状態を大きく変えること,この効果は経済的に貧しい世帯で大きいことを示した. さらに,家計生産と世帯間格差に関して新聞や白書などに解説を掲載した(業績の通り).近年,家計生産の様子が変わってきており,とくに時間をかけて作り出されるような生産,たとえば健康状態等が変化していること,これが格差拡大の背景となり得ることを述べた.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の目的は,日本家計の家事労働の実態を経済学の視点で明らかにすることである.具体的には,(1) 2000年代に行われたワークライフバランス政策により既婚女性の家事労働は減少したか,市場労働は増加したか,既婚男性の家事労働は増加したか,(2) 既婚女性が市場労働を増やすと家事時間,そして家計生産物-例えば家で作られる健康状態は変わるのか,(3) このような家計生産の様子は戦前と異なるのかに答えるとしていた. このうち,(1)については2018年度に分析を行い論文として完成させた.この論文は,2019年度前期に査読雑誌に投稿済みである.また,ワークライフバランスの実態について,子供を持つ世帯に注目してサーベイした論文を公刊した. (2)については,新生児や乳幼児の健康状態を高める要因を,家計の育児労働の投入や自治体による医療補助制度の観点から分析している.労働環境が新生児の健康状態に与える影響については論文を公刊済みであり,行政データを用いた分析については学会論文として作成済み(ともに【研究実績の概要】で述べた通り)である.後者については,現在も論文を改訂しているところである.これらに加えて,既婚女性の働き方が彼女の精神的な健康状態に与える影響を,長期パネルデータを用いて分析している.現在,推定の改良を進めているところである. (3)については,1920年代の日本の農家家計の日次パネルデータを用いた分析を開始した.このデータには家事労働時間と,農業生産時間(労働時間)の情報が,全世帯員について収録されている.これを使って,不況が家庭内の夫婦の時間配分の決定にどのような影響を与えたかを分析しようとしている.なお,市場労働時間と家事時間や家計生産の関係については,実際の労働現場での実験を行うことを企画していたが,2019年度末の社会状況の変化により断念せざるを得なくなった.
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今後の研究の推進方策 |
ワークライフバランス政策が日本の家計行動に与えた影響(上記の研究目的(1))については,投稿中の論文の公刊に辿り着きたい.また,家計生産のうち健康状態に着目した分析(研究目的(2))については,進行中の2本の論文の解析を終了させ論文として完成させる.これらを国際学会で報告し,雑誌に投稿したい.
そして,今後最も力を入れたいのは,日本の家計における家計内労働時間と家計内労働生産が,長期的にどのように変化してきたかに関する分析である(研究目的(3)).【現在までの進捗状況】で書いたように,現在,1920年代の農家家計の日々パネルデータを用いて,家計内での家事時間配分の決定要因を探る分析を始めた.このデータは日記(日誌記録)であり,文字データを数値に起こす時間集約的な作業が続いている.時間はかかっているが,この時代の既婚女性の家事時間の様子が現在とどのように異なるのかについては,記述統計の整理だけでも興味深い.これまでの研究で,日本では,家計に何かが起こると,女性(妻や母親と呼ばれる世帯員)が柔軟に労働を変えることで対応していることがわかっているが,戦前からこのような行動が見られていたのか(現代と違いはあるのか),男性(夫,父親)はかつてどのように対応していたのか等を明らかにしたい.
なお,家計生産については,当初,現代の日本家計について実際の労働者に対する実験を行うことを考えていたが,今春の社会経済状況を鑑みて実施が困難だと判断した.日次データの分析をはじめ,公表されている観察データの分析に尽力したい.
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次年度使用額が生じた理由 |
社会経済状況の変化により,年度末に予定していた実験が出来なかったため.
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