研究課題/領域番号 |
18K01657
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研究機関 | 兵庫県立大学 |
研究代表者 |
菅 万理 兵庫県立大学, 国際商経学部, 教授 (80437433)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 定年制 / 高齢者雇用政策 / 引退過程 / Well-being / パネルデータ |
研究実績の概要 |
本研究では、社会経済的個人特性を考慮しながら、「定年制」というシステムが就労から引退への移行にどう関わっているか、その移行によって個人の経済状況や健康状態、社会との関わりがどのように影響を受けるのか、さらに、「高年齢者雇用安定法」などの雇用政策の改正が就労から引退への移行プロセスにどのような影響を及ぼしたのかを、主として大規模パネルデータを用いて実証的に検証する。本研究の学術的独自性は、就労から完全引退までの移行過程が個人特性によって異なることを明示的に取り扱い、その効果を分析することである。 1986年に制定された「高年齢者雇用安定法」は、これまで数度改正され、2004年の改正(2006年4月施行)では、 それまで努力義務であった65 歳までの高年齢者雇用確保措置が義務化され、事業主は、①定年年齢の65 歳引き上げ、②希望者全員対象の65歳までの継続雇用制度導入、または③定年の定めの廃止のいずれの措置を要求された。さらに、2012 年の改正(2013 年4 月施行)では、①継続雇用制度の対象者を限定できる仕組みの廃止、②継続雇用制度の対象者を雇用する企業の範囲の拡大、③義務違反の企業に対する公表規定の導入、④高齢者雇用確保措置の実施および運用に関する指針の策定が行われ、65歳までの高齢者雇用の義務がより厳格化した。本研究では、2004年の改正を利用した先行研究を参考にしながら、2012年の改正を「政策変数」として利用し、引退の効果を精密に測定する。 具体的には、①定年年齢の引き上げ・雇用延長は中高年者の就労から引退への移行のパターンにどのような効果を与えたのか ②引退のパターンの中高年者の経済状況への効果 ③引退のパターンと中高年者の健康状態・生活習慣への効果 の3つの命題を検証する。 3つの命題のいずれにおいても個人の社会経済的特性の違いに注目した分析を行う。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では、代表制のある大規模パネルデータである「中高年者縦断調査」のマイクロデータの計量分析を中心に分析を進めており、2019度は、仮説の検討、記述的分析、分析モデルの検討、試行的な計量分析、仮説の再検討を循環して行った。 本研究の仮題の検証には日本特有の年齢に基づく「定年制」が関係している。定年制とは、当該年度に一定の年齢に達する者の雇用契約が自動的に終了することを指す。その際には「年度制」が取られることが慣例として定着していることから、4月生まれから翌年3月生まれまでを1つのコホートとして考慮した分析を行った。データの生年月に基づいてコホートを構築し、コホート別の記述統計から「高年齢者雇用安定法」の改正がそれぞれのコホートに及ぼした影響を検証し、研究仮説の検討を行った。 まずは、全各測値を使用し、記述的な分析に加え、複数の引退経路を被説明変数として粗い計量分析を行って、2013年度に60歳を迎える1953年生まれのコホートと前年の1952年生まれのコホートの61歳時の就労状況の差異を確認した。その結果、2コホート間に顕著な違いは観察されなかった。 その理由として、2004年の改正(2006年4月施行)による効果がすでに定着しているため、2コホート間の差異として観察されない、あるいは老齢厚生年金の支給開始年齢引き上げ効果が影響しているなどが考えられる。今後はより精密な分析を行い、政策の引退過程への効果、さらに経済状態や健康状態への効果を検証する必要がある。
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今後の研究の推進方策 |
進捗状況で報告したように、2つのコホート間の比較からは「高年齢者雇用安定法」の2012 年の改正(2013 年4 月施行)の顕著な効果は観察されなかったが、本研究と同じ「中高年者縦断調査」を用いた北村(2018)では、1952年コホートを対照群、1953 年コホートを介入群とした分析から、1953年コホートで、2007 年時点において従業員 300 人以上の会社に勤めていた正規雇用者の60 歳の就業率は、これらの政策が適用されない1952 年コホートと比較して有意に上昇したことを確認・報告している。 今後、本研究では、サンプルを正規の長期雇用者、あるいは一定時点で正規雇用であった者に絞り込む、より精密なモデルを使用するなどによって、政策変化の効果を正確に計測する。 本研究課題の最終年度に当たる今年度は、より頑強な推定結果が得られた時点で、論文の執筆を中心に推進する。その一方で、学会・研究会で研究結果を速やかに報告し、得られたコメントをもとに、再推定やより精密な計量モデルにフィードバックする。併せて、査読付き雑誌への投稿などを積極的に行う予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
2019年度後期、新型コロナウィルスの感染拡大による外出及び県境を越えた移動の自粛など、予期せぬ出来事が起こり、2月~3月に予定していた国内出張のキャンセルを余儀なくされた。そのことで、当初予定していた支出額と実際の支出に齟齬が生じ、次年度繰越金が発生した。今回のような事態でなければ、繰越金が発生した場合、分析結果を速やかに国内外の学会や研究会で報告するための旅費や論文共著者と研究会議を行うための旅費に研究費を重点的に配分することを想定していたが、新型コロナウィルスの問題は根本的に解決しておらず、予定通りの出張を遂行することができない可能性が高い。そのため予算は、英文論文の校閲謝金や論文投稿料などに積極的に配分し、オープンアクセスのジャーナル掲載料に使うなどの目的で使用したい。近年は評価の高いジャーナルなどでオープンアクセスのオプションを提供しており、その制度を利用することで、より広い層の読者に研究成果を発表することができる。 研究代表者は前回の科研課題から継続して高齢者の引退と健康・Well-beingについてのテーマを研究している。計量分析を研究の柱としているが、併せてテーマに関する文献の包括的なレビューも進める予定である。次年度使用金の一部は、この計画のための文献取得にも充てたいと考えている。
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