今年度は、昨年度に続き、タイのChulalongkorn Univerisityの研究者との共同研究(個票データを用いたタイにおける障害者雇用の分析)を実施することを予定していたが、新型コロナウイルス感染拡大という社会情勢下でタイ政府から個票データの提供も難しいとの判断もあり、残念ながら当初の予定通りの研究実施をすることができなかった。このため今年度は「障害による潜在的な生活困窮者の実態分析」のさらなる深化に焦点を当て、今後検討すべき課題を分析した。 本研究期間を通じて、我々が達成すべき目標は「我が国における障害児者支援制度の抜本的改革を検討する」ことである。しかしながら、障害者個人の社会経済状況を把握することのできる統計データの未整備により、我が国の制度検討に必要十分な実証分析を行うことが困難であることが明らかとなっている。その上で、海外を含む分野横断的な研究成果(障害学、社会学、心理学等)から、今後経済学を分析の軸とする我々にとって今後の研究の方向性を導くことができた。まず「障害という区分に基づいた分析の限界」である。「定型発達」の基準が曖昧になる中で、社会保障制度下の区分で障害児者の現状を分析することは(仮に障害児者のデータが整備されたとしても)不十分である。障害児者個人ではなく、障害学で提唱されている「社会モデル」といった視座からのアプローチの重要性をより深く検討すべきである。また「障害児者が家族の社会経済状況に与える影響」の分析も必要不可欠である。昨今ヤングケアラーの存在が耳目を集める中で彼ら彼女らに対する支援制度の充実が喫緊の課題とされているが、残念ながらその制度の必要性の論拠は乏しい。我が国においてはこの立証に必要な統計データが未整備であるが、障害児者が家族の社会経済状況に与える影響について精査し、それを踏まえてより有効な制度設計を検討すべきであると言えよう。
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