本研究の目的は、近代中国における工業技術が、社会主義化などの政治的な変動を超えて継承されたことの解明にある。令和5年度には、これに関連する以下のふたつの成果をまとめることができた。 まず桑原哲也、富澤芳亜、藤田順也「大日本紡績上海大康紗廠工場長の回顧(下):浅井大造氏インタビュー」『近代中国研究彙報』2024年3月である。浅井氏は、大日本紡績の青島進出を体験し、戦時中には上海工場長を経験した人物であり、その貴重な記録を公刊することが出来た。 次にこの研究計画の集大成として令和6年度の研究成果公開促進費(学術図書)に『近代中国綿紡織業の変容』を申請することができた。同書は、中国近代綿紡織業の変容を技術者養成から説き起こし、近代中国紡織業のキャッチアップ構造の成立と、それによる紡織企業経営への影響、日中の同業団体の関係の変容までを体系的に論じた初めての専門書となるはずだったが、残念ながら不採択であった。今後は、令和7年度の研究成果公開促進費(学術図書)に再申請するとともに、民間財団への出版助成は不採択にも応募し、公刊を目指す。 近年、近代中国における技術移転と技術者の果たした役割は、中国や欧米圏などでも注目されている。本研究は、内田星美や中岡哲郎などの日本の産業技術史研究の研究手法に学びつつ、これを近代中国鉱工業研究に応用した成果である。しかも本研究の内容は、近代中国に移転された紡織工業技術の中でも、日本からの技術移転の意味をアメリカ、ヨーロッパと比較しつつ、歴史的に解明するものとなっている。そうした意味でも、世界的な近代中国技術史・技術者史研究の進展に大きく寄与するものである。
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