研究代表者ならびに研究協力者は、債権・社員権・物権・知的財産権のそれぞれの分野において、経済史の観点から実証的な分析を進めてきた。 最終年度である本年度は成果を取りまとめ、原稿の校正に主として取り組んだ。その成果は、全国銀行学術研究振興財団の研究成果の公開に関する助成金(2019年度)を得て、小林延人編『財産権の経済史』(東京大学出版会、2020年)として刊行された。 研究代表者が取り組んだ対象は、明治初期における債権の近代化の問題である。明治4年(1871)の廃藩置県とその後の藩債処分の過程で、明治国家は近世期以来の大名貸債務の一部を引き受ける形となった。「古債」と呼ばれる古い債務を国家が引き受けなかったこと、大名貸債権は極めて譲渡性が少なかったが、新旧公債証書は売買が盛んに行われたことに注目し、藩債処分を通じて①一定の時間が経過した債権を棄捐する消滅時効の論理が導入された、②大名貸の借用証書が新旧公債証書に切り替わり債権の譲渡性・流動性が高まった、などの観点から、当該政策の債権の近代化に果たした役割を評価した。また、藩債処分が個別の両替商経営に与えた影響も相対化した。そうして、債権保護が経済活動のインセンティブを与えた点を論証し、ノースら制度経済学の議論の有効性を債権分野において追認した。 さらに、明治初期における加島屋久右衛門家(加久)の経営についても体系的に分析した。近世期に大名貸を中心に資本蓄積を果たした大坂の最大手両替商である加久が、藩債処分後に有価証券の売買を積極的に行っていたこと、為替方など大名貸以外の新規の事業を模索していたこと、三井家出身の浅子や旧高松藩主を経営に取り込んで組織における意思決定ならびに金融基盤の脆弱性を補うことに成功したこと、などを明らかにした。
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