研究課題/領域番号 |
18K01766
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研究機関 | 西南学院大学 |
研究代表者 |
工藤 秀雄 西南学院大学, 商学部, 教授 (10579767)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | イノベーション行動 / 職務経験 / 新規事業 / 社会ネットワーク / 自己効力感 |
研究実績の概要 |
本調査は、実証研究として、日本企業に所属する710名の従業員への質問票調査を通じて収集されたデータを用いて分析を行った。大枠では、従業員の職務経験が、その後にイノベーション行動をもたらすかを検討した。イノベーション行動とは、自社の製品等の大幅な刷新を行う行動をいう。イノベーションに関わる経験として、新規事業・営業マーケティング・研究開発の部門経験を取り上げた。分析においては、主たる因果関係を職務経験⇒イノベーション行動と捉えながら、個人を取り巻く外的な社会的関係(社会関係資本)と内的な心理特性(自己効力感)を想定し、分析枠組みを構築した。分析の結果、明らかになったことは、(1)営業・研究開発経験は、経験だけでイノベーション行動に影響する点、(2)新事業開発経験だけではイノベーション行動に影響を及ぼさない点である。また、(3)新事業開発経験をイノベーション行動に結び付けるためには、同時に社内外のさまざまな分野の人々と対話し、アイデアを交換することが必要(社会関係資本)であることが明らかになった。また、(4)自己効力感が低い個人は、新事業開発経験を経ることでイノベーション行動が高まる一方、自己効力感が高い個人は、新事業開発経験を経ることでイノベーション行動が抑制されることが明らかになった。分析を通じたインプリケーションとして、仕事の新しいやり方をデザインすることができたり、長期的な課題について分析し解決策を見出すことに自信をもつ自己効力感が高い個人は、社内が文化的にそうした行動を肯定したり応援する社内環境になければ、自身の能力や資質をイノベーション行動として反映させることを行わなくなってしまうのではないかという示唆が導かれた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の目的は、イノベーション行動を起こす主体が、どのような経験やキャリアを経て能力を獲得するかを理論的・実証的に明らかにするものである。現在までの調査において明らかになったことは、イノベーション行動に影響すると考えられる経験について、経験の質とイノベーション行動との関係が異なるという点である。営業マーケティング経験および研究開発経験は、その経験自体がイノベーション行動をもたらすことが明らかになった。他方、新規事業経験は、社会関係資本を伴わなければ、イノベーション行動に結びつかないことが明らかになった。このように、経験の質とイノベーション行動との関わりについて、実証的に明らかにした点で研究の進捗が認められると思われる。他方、現在までの本研究においては、個人レベルのイノベーション行動に焦点を当てた分析に留まっている。しかし、本研究をイノベーション・マネジメント論や経営戦略論の理論的展開に活用するためには、ミクロの個人レベルの経験と能力の獲得が、企業の組織能力や経営者の戦略策定能力にどのように関わるかを理論的に検討しなければならない。例えば、経営戦略論における主流の理論潮流である資源ベース論において、人的資源としての経営者の経験と能力蓄積が、企業成長にどのように関わるかを理論的に明らかにする試みなどが考えられる。本研究は実証研究において一定の成果が認められた一方で、上記のような理論的な課題について明らかに出来ていない部分も多いことから、「おおむね順調」と判断する。
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今後の研究の推進方策 |
本研究の目的は、イノベーション行動を起こす主体が、どのような経験やキャリアを経て能力を獲得するかを理論的・実証的に明らかにするものだが、特にイノベーションを実現するリーダーや経営者に焦点を当てていた。そこで、本研究の目的を達成するためには、経営者や事業部門のリーダーなどの個人レベルの経験と能力の獲得が、企業の組織能力や経営者の戦略策定能力にどのように関わるかを理論的に検討する必要がある。例えば、経営戦略論における資源ベース論では、理論体系の鏑矢的研究にエディス・ペンローズによる『企業成長の理論』がある。ペンローズの主たる理論的着眼点は、企業の組織としての成長と、経営者の経験蓄積と能力形成にあると考えられる。このペンローズの視点は、「イノベーションを実現するリーダーがもつ能力が、どのような経験を経て獲得されたものかを理論的・実証的に明らかにする」という本研究の目的の手がかりになると考えられる。よって本研究の理論的課題として、ペンローズを基軸とした資源ベース論について、現在までの研究蓄積を精査するという課題が導出される。また、本研究の課題として、経営者が特定の新規事業を創出するにあたり、どのような着想と行動および試行錯誤を経て創出に至り、またその事業を組織ルーティン化して恒常的な組織運営に移行させたかを検討する必要がある。以上から、本研究の実証的な課題として、新規事業を創出した経営者に関する実証データが求められ、その収集が喫緊の課題といえる。
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次年度使用額が生じた理由 |
COVID-19の影響により、研究活動に制約が生じた。特に、申請者の任務大学において、任務高における教育活動との兼ね合いから、COVID-19の感染の確率を極力下げるため、調査のための出張に大きな制限があった。
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