研究課題/領域番号 |
18K01788
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研究機関 | 筑波大学 |
研究代表者 |
生稲 史彦 筑波大学, システム情報系, 准教授 (10377046)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | イノベーション / 情報通信技術 / 産業 / オーラル・ヒストリー / ミクロ・マクロ・ループ / ルーティン / ビジネスモデル / 産業アイデンティティー |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、産業という概念の意味と意義を再検討することである。現在、AIやIoTといったICTを活用することで、従来の産業の境界を超えて活動する企業が増えつつある。他方で、一定の境界を画する産業という認識枠組みは、企業行動を理解し、計画する上で有用であり続けている。境界を超える企業活動の実態と、境界を画する認識枠組みがどのように両立しうるのか。この問いに実証研究に基づいて答えることを目指している。 2019年度も、ミクロ、マクロ、ミクロとマクロの相互作用の3つの観点から調査を進め、事例とデータを集めることができた。収集した事実に基づいて、徐々に、新しい産業概念へと繋がる知見を得ることができた。こうした調査研究の成果は、学会や研究会での発表、ディスカッション・ペーパーとして公表した。IT企業のルーティン形成に焦点を当てたEGOS and Organization Studies Workshop での発表、ゲーム・ビジネスの形成過程を分析した学会の部会発表、累計32本に及ぶオーラル・ヒストリーの作成などがこれにあたる。同時に、学会や研究会で他の研究者と意見交換を重ねた。 過去2年間の研究を通じて、産業概念を再検討する上で鍵となる概念が得られたと考えている。産業という認識枠組みは、主に製品サービスの類似性や関連性に依拠して認定されることが多い。だが、そうした認識枠組みの形成や変化を捉えるためには、製品サービスの提供に携わる人の行動に遡り、彼らが依拠しているルーティンやビジネスモデル、アイデンティティーを明らかにすることが必要であると考えている。研究プロジェクトの最終年度は、これら3つの概念を中心に据えて実証研究と理論構築を行い、新しい、現代において有用な産業概念を提案したい。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
現在までに、産業という共有された認識枠組みの形成と変化を捉える上で、重要な概念を得ることができた。したがって、研究は概ね順調に進んでいると言える。 まず、ミクロの実証研究では、新しい産業の萌芽が観察しやすいデジタルコンテンツ分野と交通システム分野に対象にして、事例調査とデータの収集を進めた。つぎに、マクロレベルの実証研究では、ゲーム・ビジネスに対象とし、二次資料およびオーラル・ヒストリーの収集を進めた。さらに、ミクロとマクロの相互作用を検討し、産業の形成メカニズムに関する仮説構築も進めた。 これまでの研究に基づくと、産業を製品サービスだけに着目し、その類似性や関連性で認定するのではなく、複数の観点から捉えることが必要ではないかという理解に達した。なぜなら、企業内の業務やルーティンに遡ることで、製品サービスの類似性の源を明らかにすることができる。また、類似した製品サービスに依拠して戦略的な意思決定が行われ、ビジネスモデルの間に類似性が生じることを想定できる。さらに、業務やルーティン、戦略及びビジネスモデルに関して共通点を持つ人々は「われわれは同じようなビジネスを展開している」という自己認識、いわば産業アイデンティティーを持つと考えられる。したがって、産業という概念を製品サービスに着目して認定するだけではなく、ルーティン、ビジネスモデル、産業アイデンティティーという3つの事象に着目して記述し、分析することが有用だと考えられる。これら3つの事象の類似性や関連性に着目することで、産業概念をより広く、深く理解できるだろう。さらに、産業に関わる複眼的な視点は、ミクロレベルで不断に新しい結合の試みがなされている変動性と、マクロレベルの認識枠組みの安定性を同時に捉えることを可能にするだろう。
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今後の研究の推進方策 |
本研究の最終年度にあたる2020年度は、ルーティン、ビジネスモデル、産業アイデンティティーという3つの事象に焦点を絞って実証研究を進め、産業の意味と意義を検討する。複眼的な視点で産業を捉えることにより、産業の形成と変化をもたらすメカニズム、産業形成の先行要因を見出すことができると考えている。 ミクロなレベルの研究では、ルーティンを中心とした組織行動と、ビジネスモデルを中心とした企業の戦略に焦点を当てて、実証研究を進める。過去2年と同様、デジタルコンテンツ分野と交通システム分野に研究対象にして調査を進める。他方、マクロなレベルでは、産業アイデンティティーを鍵概念としてゲーム・ビジネスの調査結果を深掘りする。主に、1980年代までに関するオーラル・ヒストリーと二次資料を分析し、ゲーム・ビジネスに携わった人々が抱いていた認識とその変容を明らかにしていく。こうしたミクロとマクロの研究成果を踏まえ、産業形成のメカニズムを考察する。現時点で想定しているのは、ルーティンの形成に端を発し、類似した製品サービスの産出とそれを活かしたビジネスモデルの実行を経て、同一産業に属しているというアイデンティティーが形成され、そのアイデンティティーがルーティンの変化を一定の枠内に留めるというループである。 加えて、産業概念が企業経営にどのような影響を及ぼすのかも考察する。同じ産業に属する人々が業務やノウハウを改善していく時に比較対象を与える内向きの効果、高井 (2018)が示したように社会的な正当性を獲得して資源動員を支える外向きの効果など、産業という認識枠組みは、その内外に影響を及ぼす。産業に携わる人々、そこに投資をする人々、産業の産出物である製品サービスを手にする人々にとって、産業がいかなる意義を有するのか。その意義をあらためて検討し、将来の産業社会に有用な産業概念を提示したい。
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次年度使用額が生じた理由 |
今年度(2019年度)は、国内での調査、研究打ち合わせを優先し、海外での研究発表などを見送った。くわえて、年度末(2020年3月)に海外出張を予定していたが、新型コロナウイルスの影響で中止せざるを得なかった。これら2つの理由により、旅費支出が少なくなった。また、研究計画策定時にはインタビュー記録の作成やデータ分析のためにRAを雇用することを考えていたが、十分な能力を持つRAを見つけられなかったので、ソフトウェアを使った音声の文字起こしをしたり、テープ起こし業者を活用したりした。そのため、人件費・謝金は少なくなった。 2020年度は、海外の学会での発表や、英語での論文もしくは書籍の執筆を予定している。そのため、旅費や人件費・謝金の支出が増える可能性がある。ただし、新型コロナウイルスの影響で国際学会の開催されるか否かを見通せない。また、英文校正などを依頼するRAもしくは業者による研究協力を得られるかどうかも不確かである。 新型コロナウイルスの影響下であっても研究活動はできる限り予定通りに進める予定だが、学会の開催・中止など、予算支出に関わる部分では影響を受けるだろう。予算の適切な支出を心掛け、もし国内外の事情によって支出が難しくなった場合には、研究期間の延期などを検討したい。
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備考 |
http://pubs.iir.hit-u.ac.jp/ja/pdfs/index?did[]=2&cid[]=6&cid[]=7&q=%E7%94%9F%E7%A8%B2&s=dd&ppc=20
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