研究課題/領域番号 |
18K01788
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研究機関 | 中央大学 |
研究代表者 |
生稲 史彦 中央大学, 戦略経営研究科, 教授 (10377046)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | イノベーション / 情報通信技術 / 産業 / オーラル・ヒストリー / ミクロ・マクロ・ループ / ルーティン / ビジネスモデル / 産業アイデンティティー |
研究実績の概要 |
本研究では、産業概念は社会的に構築されるという立場に立ち、実証的研究によって、その構築のメカニズムと要因を明らかにしようとしてきた。ICT化の影響もあり、現在は新しい産業が生じ、あるいは産業の境界が変わりつつある。そうした変動期を事実ベースで捉え、今後の研究と実務に資する、産業を捉える視点を獲得することが、研究プロジェクト全体の目的である。そのために、社会全体および複数の企業レベルでのマクロの変動、企業およびその内部で生じるミクロな変動を記述し、両者の相互作用と産業概念の関係を検討してきた。 研究計画の最終年に当たる2020年度には、過去2年間に取り組んできた実証研究の成果を取りまとめ、産業とはなにかという問いに対し、一定の結論を導くことを目指した。その研究実績は、マクロ、ミクロ、マクロとミクロの相互作用に対応し、産業形成の実相と産業アイデンティティーの形成、ルーティンの変化、ビジネスモデルの変化に焦点を当てた。まず、マクロなレベルでの変動、新産業の生成を描くために、ゲーム・ビジネスの実証研究を進めた。その成果は、国際戦略経営研究学会の部会、日本デジタルゲーム学会 (DiGRA) 第11回年次大会などで発表した。また、週刊エコノミストの5回の連載で研究成果の要点を広く一般に問うた。つぎに、ルーティンの変化と事業の創造を捉えるミクロな視点の研究成果は、事例研究の成果を東京大学ものづくり経営研究センターのディスカッション・ペーパーなどとして発表した。最後に、マクロとミクロの結節点になり得ると考えているビジネスモデルの変容については、IT化が促す企業戦略の変更、データという新しい経営資源に着目して研究した。その成果は、一橋ビジネスレビューの論文の他、ABAS Conference 2020で発表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2019年度までの研究によって、製品もしくはサービスという成果物の類似性や関連性に基づいて産業を認定するだけでは不十分であり、それらを作り出す人々の認識や行為に遡ることが必要であると考えるに至った。すなわち、製品やサービスを創り出すルーティンや、ビジネスモデルを含む戦略構想、さらにはこれらを規定する実務家の認識や価値観、アイデンティティーに遡及すれば、産業概念を刷新できるという見通しである。この見通しを確かめ、豊かにすることが、2020年度の実証研究が目指したことであった。現下の状況で調査などが制限されていたため、予定通りに遂行できなかった研究もあったが、これまでの研究成果を確かめるという目的は達することができた。そのため、概ね順調に推移したと言える。 マクロレベルでは、1970年代以降のゲーム・ビジネスに関する実証研究を、さらに進めた。2019年度までに収集したオーラル・ヒストリーを補うために、一橋大学経済学研究科帝国データバンク企業・経済高度実証研究センターの協力を得て、帝国データバンクのデータを活用し、ゲーム・ビジネス参入企業の動向を把握するデータセットを作成した。すでに記述統計などは終えられた段階なので、今後はより高度な分析を進める予定である。 マクロとミクロの相互作用、およびミクロレベルの実証研究では、次世代の交通システムの分野や、企業のデータ利活用を対象にして調査研究を進めた。データを利活用する新しいビジネスは、期待されているものの、まだ十分に現実化していない。それゆえ、不確定な要素もあるが、新ビジネスの形成過程に立ち会うことは、本研究が焦点を当てる3つの要素の妥当性を確かめられる利点もある。2020年度までに一定の事実収集が終わったため、2021年度も同様の研究を継続し、いま変化しつつあるビジネスと産業、その背後で働くメカニズムを明らかにする予定である。
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今後の研究の推進方策 |
研究プロジェクトの最終年度である2021年度は、研究成果の取りまとめを中心に進める。社会的に構築される認識枠組としての産業の概念を提示し、変化をもたらすメカニズム、産業形成の先行要因を明らかにしていく。 まず、過去に産業が形成されたゲーム・ビジネスを対象にし、研究成果を書籍にまとめる。ゲーム・ビジネスが成立する以前には、ゲームがビジネスになるという観念すらもなかった。そうした初期状態から、ゲームを提供するビジネスで成功する企業が現れ、ビジネスモデルが作られ、「われわれはゲーム産業の一員だ」という産業アイデンティティーが形成されるまでに至った。この過程で生じた変化を、オーラル・ヒストリーやデータを活用して描き、産業が作られていく過程を描く。これは、ルーティン、ビジネスモデル、そして産業アイデンティティーの形成を描き、ミクロ、マクロ、ミクロとマクロの相互作用を記述する綜合的な研究成果になろう。 つぎに、現在のIT分野で生じている変化を、3つの鍵概念で読み解き、産業が変化し、新しい産業の萌芽が生まれる要因とメカニズムを検討する。2020年度に発表した論文で、データの利活用によっていくつかの企業が産業の枠組を超えていく可能性を示唆した。本年度はそれが現実でも、研究でもより本格化するとみている。そうした変化を調査研究し、論文投稿や学会発表を目指したい。 これらの成果発表を通じて、昨年度までに見出したメカニズム―ルーティンの形成に端を発し、類似した製品サービスの産出とそれを活かしたビジネスモデルの実行を経て、同一産業に属しているというアイデンティティーが形成され、そのアイデンティティーがルーティンの変化を一定の枠内に留めるというループ―を検証し、修正する。最終的には、現在のようにICT化が進む状況下で産業概念をあらためて検討し、将来の研究と実務に資する産業概念を示していきたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
2020年度は新型コロナウィルスの影響により、海外渡航、国内出張ができなかった。当初は、海外と国内の学会への参加や、国内でのインタビュー調査を予定していたが、それらを断念したために旅費、関連する物品購入費や人件費が多く余ることになった。 2021年度も新型コロナウィルスの影響は続き、海外渡航と国内出張は制限されることを想定している。そのため、オンラインでの学会参加やインタビューでそれらに替えつつ、書籍や論文で研究成果を公表する予定である。そのために、翻訳費、英文校閲費、研究補助を受けるための人件費などを支出する予定である。さらに、インタビューで得られたであろう一次資料の不足を補うために、二次資料を集めるので、そのための購入費、物品費が必要になると見込んでいる。
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