2020年度には、次の2つの研究を行った。 1つは、退職給付に係る負債が日本企業のリスクテイクや現金保有、株主還元、企業行動について与える影響を検証した研究書『退職給付に係る負債と企業行動-内部負債の実証分析』(中央経済社、2012年)の出版である。本書では、内部負債の観点から日本企業がリスク回避的・保守的な論理を実証的に説き明かした。特に、未積立の企業年金である退職給付に係る負債に焦点を当てた実証分析の結果、次の点が明らかになった。退職給付に係る負債が大きいほど、(1)キャッシュフロー・ボラティリティの低下、(2)損失回避を目的とした研究開発費削確率の上昇、(3)出願特許数や被引用特許数の減少、(4)多角化水準の上昇、(5)現金保有残高の増加、(6)株主還元の消極化、(7)買収防衛策導入の確率上昇などの証拠を提示した。 いま1つは、退職給付に係る負債と同業種のM&Aとの関連について操作変数プロビット法を用いた実証分析である。分析の結果、次の2点が明らかになった。第1に、退職給付に係る負債が多い買収企業ほど、同業種ではなく異業種のM&Aを行うことである。このことは、退職給付に係る負債が多い企業の経営者は、債権者である企業年金の受益者の利害を重視して、リスクが上昇する同業種のM&Aではなく、リスクが低下する異業種間のM&Aを行っていると解釈される。第2に、退職給付に係る負債と有利子負債は共に同業種のM&Aを実施する可能性を低下させ、異業種でのM&Aを行う可能性を高めるという点で共通しているが、退職給付に係る負債の方がその影響がより強いということである。この現象には、野間(2020)で論じたように、日本では企業年金の受益権が金融債権よりも強く保護されていているという法的な要因が色濃く反映されていると考えられる。 なお、前者の出版は、研究期間全体を通じての成果である。
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