大口投資家の投資行動に関する論文の投稿が不調に終わり、論文の修正と査読誌への再投稿を行った。我が国の証券市場は1998年に市場集中原則を撤廃後、PTSと呼ばれる代替市場も存在する。しかし多数の市場や私的取引システムに取引が分散している欧米諸国の状況とは異なり、わが国では8割内外の取引が東京証券取引所に集中している。また東証での取引形態は、完全に電子化されており、SpecialistsあるいはDealerといった仲介業者は存在しない。さらにIceberg orderとよばれる手口を開示しない注文形態を東証は認めておらず、すべての注文とその執行状況が市場参加者に開示されている。これら取引の集中と取引情報の透明性が他の先進国市場と取引の仕組みの際立った違いとなっている。これら現状を踏まえて、大口の取引を行う投資家の行動様式の分析を行ってきた。 従来の研究では、大口の投資家は私的な情報を持っている場合、取引の手口を通じた情報の遺漏を嫌い、注文を分割して小口化し、取引を行うものとされていた。この可能性をStealth trading 仮説と呼び、米国を中心に多くの論文によって実証的にその存在が確認されてきている。また最近の研究では、情報技術の進展を背景に、高速で小口取引を行うHigh Frequency Tradersの優勢が広く認知されている。 本研究では、従来の研究のフレームワークを踏襲しつつも、板(指値による売り・買い注文情報)の情報を織り込み、東証に参加する投資家の実態に近いモデルによる分析を行った。その結果、Stealth trading 仮説の予想とは異なり、大口投資家は板が厚い(流動性が高い)銘柄では、注文の分割を行うことなく注文を行い、情報の遺漏リスクよりも取引の未執行リスク回避を優先している実態が明らかになった。この点が本研究での新しい知見である。
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