研究課題/領域番号 |
18K01955
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研究機関 | 甲南大学 |
研究代表者 |
若林 公美 甲南大学, 経営学部, 教授 (20326995)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 財務情報の比較可能性 / 情報の非対称性 |
研究実績の概要 |
同業他社間での会計情報の比較可能性には、情報の非対称性を緩和し、会計情報の有用性を高めることが期待されている。本研究では、会計情報の比較可能性に期待されるこの役割に着目しているが、本年度の前半は、主として、昨年度に引き続き、会計情報の比較可能性と企業の現金保有の関連性に関する研究を進めた。昨年度に続き、先行研究のレビューをさらに進め、仮説の構築を試みた。 先行研究では、比較可能性と現金保有の間にマイナスの関係があることを析出している。この結果は、比較可能性が高ければ、現金保有額が少ないことを示しているが、その要因に関しては2つの仮説が考えらえられる。1つは、比較可能性が外部資金調達コストを低下させることにより、過度な現金保有を行わなくても、投資機会を逃すことなく資金調達が可能になるという仮説である。もう1つの仮説は、Jensen(1986)のフリーキャッシュフロー仮説に依拠している。すなわち、経営者が過度な現金を保有すると、自らのベネフィットのために現金を無駄遣いする懸念があるものの、比較可能性が高ければ、モニタリング機能が働くと期待される。このことから、会計情報の比較可能性が高ければ、過度な現金保有を抑制することができるという仮説が導出される。本年度前半は、これらの2つの仮説を踏まえた分析モデルの構築を行った。 本年度後半は、会計情報の比較可能性に期待されるモニタリング機能に着目し、財務報告の比較可能性と経営者報酬契約の関係に関する研究をレビューした。それについては、雑誌『會計』(2021年5月号)において、「財務報告の比較可能性と経営者報酬契約における相対業績評価」として、論文を発表している。このように、本年度前半は比較可能性と現金保有の関連性に関する分析の準備を行い、後半は比較可能性と相対業績評価に関する研究から得られる知見を明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本年度は、会計情報の比較可能性がもたらすプラスの効果として、情報の非対称性の緩和と経営者のモニタリング機能に関する研究を進めてきた。情報の非対称性とモニタリングの両方に関連する研究としては、現金保有があげられる。これについては、先行研究のレビューを追加し、仮説の導出を行った。 現金保有と比較可能性の分析を進めていくなかで、比較可能性のモニタリング機能についても、より明確に背後にある理論の整理を行ったうえで、分析モデルの構築を行うことを試みた。比較可能性がもたらすモニタリング機能についてより理解するため、経営者報酬における相対業績評価についても先行研究をレビューした。 また、これまで会計情報の比較可能性の算出は、日経中分類を用いて産業分類を行ってきたが、東証業種分類に基づく算出も行った。さらに、De Franco et al. (2011)の基本モデルに加えて、経済事象の代理変数を株式リターンではなく、将来キャッシュ・フローに置き換えた尺度に関しても、データ整理を行った。キャッシュ・フロー情報は半期データしか開示がないため、貸借対照表に基づく算定を行い四半期ベースによる代替尺度についても、データ整理を行った。 さらに、分析に用いるアクル―アル・クオリティに関して、クロスセクションではなく、時系列で個別企業ごとに四半期ベースでの計算を行うことによって、これまで分析のために整理したデータの修正を行った。 本年度に分析が間に合わなかった要因は、新型コロナウィルスの影響でほぼすべての講義がwebで実施されることになり、講義マテリアルの準備や運用に時間がかかったことがある。また、学内のプロジェクトの責任者として、コロナ対応で例年とは異なる学務に忙殺されたことによる。
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今後の研究の推進方策 |
最終年度は、今一度、財務情報の比較可能性を行うにあたっての前提条件について考察する。たとえば、米国では、SEC基準に基づき作成された会計情報による分析が行われている。それに対して、わが国では、日本基準、IFRS、SEC基準、修正国際基準(JMIS)と異なる基準の適用が認められているなかで、各企業が財務情報を提供している。たとえば、2021年4月現在で上場企業3,770社の6%程度がIFRSを適用しているに過ぎないが、東証上場企業の時価総額に占める割合は3割を超えている。財務情報の比較に際して、コンバージェンスの進展によりIFRSと日本基準の差がほとんどないとみなせば、基準の違いは考慮せずに分析を行うことが可能である。一方、のれんや包括利益など日本基準とIFRSの間にある相違点に着目すると同業他社間の比較において、異なる基準を採用することが比較可能性の程度に影響を及ぼすとみなされる。そこで、このような日本特有の状況を踏まえた開示の実態について調査する。 次に、予定しているのは、これまで先行研究をレビューし仮説の導出まで済ませている研究をより進展させていくことである。例えば、現金保有の分析に必要な比較可能性と会計の質に関する変数は、本年度におおむね整理されたので、先行研究と首尾一貫する結果が得られるかどうか分析する。具体的には、比較可能性が現金保有とマイナスの関係を有するかどうかについて分析を行う。その際に、会計情報の質など、他の会計情報の要因との関連についても検討する予定である。このように、次年度は、比較可能性の前提についてより詳細に考察するとともに、これまで準備が進んでいる分析を実施することを計画している。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度に使用額が生じた理由は、本年度は新型コロナウィルスの影響で海外の学会が中止になったり、webでの開催に変更されたことにより、旅費がかからなかったことによる。次年度も、引き続き学会はwebでの開催が中心になると予想されることから、予想していた旅費は、追加のデータベースの購入や研究に必要な物品に充てることを計画している。
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