本研究は、スペインとフランスにまたがる二つのカタルーニャ地域を例に、北アフリカ出身者に対する「宗教的人種化」を比較する。異なる国家に属しつつも共通の「カタルーニャ主義」を持つ両地域において、宗教的要素を通じた他者化のプロセスが、国家ナショナリズムと対抗ナショナリズム、そして両者の紛争的関係とに規定される様式に着目する。 コロナ禍で現地調査が実施不可となり、研究対象と方法を大きく修正した。すなわち、宗教的人種化のメカニズムを実証的かつミクロレベルで分析する予定を変え、そのメカニズムをもっとマクロなレベルで、そして言説空間における「イスラム」テーマに焦点を当てつつ分析した。他方では、現地での参与観察の代わりに文献資料やネットで入手可能な統計を主に分析に用いた。 フランスではイスラムは社会の多様な層を動員する紛争性の高いテーマである。この点において国家と地域レベルでの他者化の相違は見られなかった。イスラムテーマは①植民地主義の歴史、②仏革命以来の国家アイデンティティと基盤的価値「ライシテ」、③宗教やエスニックな違いに目をつぶるはずの共和主義の矛盾という3つのレベルで、ナショナル・ヒストリーに直接関係し、国家と対抗関係を持たないフランスのカタルーニャでは国家のコンテキストがそのまま反映された。スペインでは、植民地主義はやはり解決されていないものの、ナショナル・ヒストリーに抵触するのは移民やイスラムの存在ではなく国家と対抗的な地域の多様性である。移民問題は植民地主義やナショナルな記憶にも、カタルーニャと国家の対抗的関係にも、接続されない。ナショナルな規範がそもそも共有されない中、移民問題は地域ごとに個別テーマ化される。近年、イスラムがヨーロッパの共通問題としてクローズアップされる中、国家間のコンテキストの違いや公共空間の多層性に注目した研究は少なく、ここに本研究の意義が指摘できる。
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