研究課題/領域番号 |
18K01962
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研究機関 | 神戸大学 |
研究代表者 |
岩佐 卓也 神戸大学, 人間発達環境学研究科, 准教授 (00346230)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 労使関係 |
研究実績の概要 |
賃金、労働時間などの労働条件が個別企業のレベルで決定されるかそれとも企業横断的なレベルで決定されるかは、古くから論じられているように、各国の労使関係の基本的性格を特徴づけるきわめて重要な問題である。とくに企業別組合と企業別労使交渉が支配的な日本では、それが労働組合の規制力を弱めているとの批判的視点から、ヨーロッパ諸国、とりわけドイツの企業横断的な労使関係と労働協約との対照関係が強く意識されてきた。 しかし今日、このように理解されてきたところの横断的労働協約のモデルは現実を正確に 反映するものではなくなっている。すなわち、使用者団体からの個別使用者の脱退や、そも そも使用者団体に加入しない個別使用者の増大などによって、横断的労働協約が拘束する範 囲は確実に縮小している。他方で、日本の労使関係は、ドイツとは異なり、企業別の労使交渉が支配的であったが、春闘を通じた横断的な規制が一定機能してきた。しかしこの仕組みも徐々に弱くなっている。 2019年度は、【現在までの進捗状況】で後述するように、今後の調査研究の準備作業に取り組み、論文は「JMITU大阪地本統一ストライキに同行して」のみであった。本論文は、日本の中小製造業を組織するJMITU(日本金属製造情報通信労働組合)の2019年春の統一ストライキについて、いくつかの支部(企業別の単位)の団体交渉を参与観察し、分析したものである。たとえばある企業は、組合に対して「親会社(こちらは比較的業績がよくない)の意向を伺いながらでないと、たとえ好業績でも独自の判断で賃上げはできない」「同業他社競争上からも大幅な賃上げはできない」と回答するなど、企業横断的な規制の困難が具体的に分析できた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は大きく四つの論点がある。(a)~(c)はドイツを対象としている。 (a)協約脱退の要因分析: 使用者団体からの個別企業の脱退はどのような要因によって引き起こされているのか。具体的事例に則して明かにする。(b) 使用者団体の内部の対立と意思形成:使用者団体における協約に拘束される構成員の縮小は使用者団体の内部での対立を伴って進行すると考えられる。また法的な環境もこれ作用していると考えられる。このプロセスを明かにする。(c) 企業レベルの労使関係が企業横断レベルの労使関係に与える影響・規定性:「企業レベルの労使関係」が「企業横断レベルの労使関係」を支えているという関係は、近年ドイツの労働組合によって強調され新しい活動スタイルが紹介されている。それらの実態と効果を調査する。(d) 日本における企業横断的労使関係の動向 :ドイツとは前提であるが、同じく横断的規制が交代している日本の状況について、ドイツと比較検討する。 以上の点に照らして、2018年度は(b)(d)について、2019年度は(d)について研究成果を発表した。さらに、(b)にかかわって、ドイツの小売業における開店時間規制が横断的労働協約に大きな影響を及ぼしていることに着目し、現地調査を視野に入れた文献調査を行った。その結果、2006年の開店時間規制の大幅な緩和後も、日曜開会の是非、範囲をめぐる対立が続いていること。労働組合のみならず、キリスト教教会など市民運動が開店規制についてのキャンペーンを続けていること。この要因が労使交渉に影響を及ぼしていることが確認できた。 以上の点から「おおむね順調に進展している」と自己評価している。
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今後の研究の推進方策 |
今後の推進方策に関して4点記したい。 1【現在までの進捗状況】でも述べたように、これまでの研究はおおむね順調に進展しているが、研究を進める上での、論点あるいは焦点がやや拡散してしまっている。分析の対象を今後も小売部門に限定して行うのか、それとも他の金属産業、旅館飲食業など産業部門も含めるかを検討しなければならない。限定した方がより分析の精度は高まるが、他方で一般的な理論を構築する際には無理が生じえる。 2 1の問題を検討した上で、労働組合、使用者団体、市民団体、議会関係者などにインタビュー調査を行う。現在準備しているのは、小売業部門における協約脱退の具体的な背景、経過、影響について、各当事者がどのような方針をもって対応しているのかについて、開店時間規制をめぐる紛争の具体的な展開、それが労使関係に及ぼす影響について、である。 3 2の結果に基づき、横断的労働条件規制の変容についての理論的な検討を行う。「製品市場で競合する協約拘束企業と協約非拘束企業同士の競争が横断的労働協約の合意をより困難にしている」というのが仮説であり、これを検討する。また、横断的労働協約の質的、量的な「脆弱化」にもかかわらず、なぜ依然としてこのシステムが維持されているのか、という逆方向からの検討も必要である。労使関係理論研究の最新動向を整理しつつ、理論的な検討を行う。 4 新型コロナウィルス問題にとなもい、2で挙げた、ドイツ現地での調査の見通しが立っていない。ネット通信を使ったインタビューなどの可能性について検討を進めるとともに、十分にインタビュー調査ができない場合に備えて、文献調査を中心にした歴史分析に重点を移してすなどして、対応を検討してゆきたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
インタビュー先との調整がつかず、渡航調査ができなかったため。
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