研究課題/領域番号 |
18K01991
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
佐藤 俊樹 東京大学, 大学院総合文化研究科, 教授 (10221285)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 適合的因果構成 / マックス・ウェーバー / ヨハネス・フォン・クリース / 統計的因果推論 / 理解社会学 / ベイズ更新 / 反事実的因果定義 / 確率的因果論 |
研究実績の概要 |
第一年度にあたる2018年度には、これまでの研究成果をまとめた単著『社会科学と因果分析』を岩波書店から刊行することができた。これが最大の成果である。 本書では、まず、従来「難解」とされ「ミスプリントがあるのではないか」とさえ言われてきたマックス・ウェーバーの方法論の論文「文化科学の領域における論理学の批判的研究」をとりあげて、これが統計学者ヨハネス・v・クリースの「適合的因果構成adequate Verursachung」を社会学と歴史学に導入することで、社会科学における因果分析の方法論を再構築するものであることを確認した。 従来の日本語圏のウェーバーの学説研究でもこの点は知られてきたが、それがもつ学術的意義は見過ごされてきた。適合的因果構成は「法則論的/存在論的」という枠組みにもとづいているが、それがH・リッカートの「法則科学/文化科学」という枠組みと混同されてきたからである。「法則論的/存在論的」は、後にE・カッシラーが『現代物理学における決定論と非決定論』でv・クリースの著作を参照しながら「法則論的規則/存在論的規則」という議論を展開しているように、法則科学/文化科学という二分法が実際の科学研究にはあてはまらないことを示す。にもかかわらず、両者が混同されることで、ウェーバーが上記の論文でどんな方法論を展開しているかも、誤解されてきた。 本書ではv・クリースとウェーバー両方の論文にもとづいて、こうした点を明らかにした上で、具体的な因果同定の方法として、現在でいう反事実的条件法による因果定義と確率的因果論が使われていることを示した。これらは現在の統計的因果推論の基本的な方法となっており、適合的因果構成が統計的因果推論の原型であることを示す。言い換えれば、自然科学と社会科学の両方に適用できる因果分析の方法論であることを示す。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
単著の出版は当初、第二年度に予定していた。執筆にかかる時間がある程度必要だと考えていたからである。幸い、第一年度の夏~秋にかけて、勤務校の業務負担が予想より少なく、その分の時間を単著の執筆に投入することができた。9月末に第一稿ができたので、出版社とも相談し、単行本の刊行点数が少なく、新学年開始時期にも近い2月初めに店頭に並べられるスケジュールで進めることにした。そのため、通常の専門書よりもタイトなスケジュールで校正などをしなければならなくなったが、結果的に、一般紙の書評にもとりあげられ、売り上げも順調に推移している。アウトリーチの点でも、きわめて大きな成果があがったと考えられる。 第一年度で予定より早く進行させることができたので、第二年度以降の、研究成果をより広い範囲に普及させるとともに、数理的枠組みによる再定式化のさらなる深化に、より多くの時間と手間を投入することが可能になった。 統計的因果推論は現在、英語圏の社会科学では標準的な因果同定の方法になっており、evidence basedな政策の決定においても、中心的な用具になっている。にもかかわらず、日本語圏ではまだよく知られておらず、特に日本語圏の社会学ではその数理的な構造を十分に理解しないまま、表面的な批判がなされてきた。そのため、たんに使われているだけでなく、手法それ自体の理解も、それゆえそれによる分析結果の適切な理解も批判も十分にできない状況にある。 これは中長期的には社会学全体の地盤沈下を引き起こす危険性がある問題であり、早期に対処する必要があると考えられる。そのための準備作業としてもとても大きな成果をあげることができた。
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今後の研究の推進方策 |
すでに述べたように、研究成果は当初の計画で予定した以上に順調にあがってきている。したがって、今後の研究の推進方策に大きな変更の必要はない。具体的な目標としては第三年度にあたる2020年はウェーバーの没後百年にあたり、関連する研究企画や学術雑誌などでの特集が組まれることが予想される。それらから依頼があった場合にも適切に答えられるように、第二年度から準備を進めておきたい。その意味でも、第一年度に単著を刊行できたことは大変有益であった。 『社会科学と因果分析』でも述べたが、ウェーバーの社会学方法論のうち、適合的因果構成は統計的因果推論の原型にあたるものであるが、理解社会学は行為の意味をベイズ的に推論するものとして定式化できる。つまり、行為の理解も統計的な推論の形式をつかって論理的に再構成できる。 この点をふまえると、いわゆる量的調査と質的調査の間に本質的なちがいはなく、前提とする変数の範囲の設定やその固定制の程度のちがい、系統的な歪みにあたるものを相殺した上でのデータ規模のちがいなどの、それこそ程度問題に帰着させることができる。それによって、社会学における経験的な研究を統合的に理解できるだけでなく、両方の方法を適切に使い分けることもできる。こうした方向での知識をより深めつつ、社会学の内外に普及させていくことが第二年度以降の主な目標になる。 特にベイズ統計学的な枠組みによる推論は、統計的因果推論以上に英語圏では普及しているにもかかわらず、日本語圏の社会学ではほとんど知られていない。因果の同定と行為の理解をともに、事前分布にあたる前提仮説とデータにもとづく尤度の演算として定式化することで、経験的分析を「推論」としてとらえ直すことは、ルーマンのコミュニケーションシステム論におけるシステム内非決定性の理解にも貢献する。
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次年度使用額が生じた理由 |
研究の進捗状況で述べたように、当初の計画では第二年度に予定していた単著の刊行が題意年度の終わりごろになったため、第一年度の後半は単著のための校正作業に研究時間のほとんどを費やすことになった。そのため、関連する専門書を読む時間が減り、新たに購入する金額も少なくなった。また、他の研究者との共同検討作業のための出張などの経費も、予定より大幅に減ったことで、次年度使用額が生じた。 これは本来、第二年度に予定していた作業と第一年度に予定していた作業とが一部入れ替わったことによるものであり、研究計画の内容およびその内部での具体的な目標それ自体の変更によるものではない。したがって、2018年度に生じた次年度使用額は2019年度の予定額とあわせて、ほぼ全額を使用する目途がついている。
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