研究課題/領域番号 |
18K01993
|
研究機関 | 一橋大学 |
研究代表者 |
倉田 良樹 一橋大学, 大学院社会学研究科, 特任教授 (60161741)
|
研究分担者 |
津崎 克彦 四天王寺大学, 人文社会学部, 講師 (00599087)
|
研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
|
キーワード | 批判的実在論 / 哲学的自然主義 / 知識・熟練研究 |
研究実績の概要 |
本年度においては理論研究、文献研究を中心に研究を推進した。知識と熟練を対象とする社会学、哲学、経営学の諸文献をサーベイし、知識・熟練研究の正しい道筋を探るための論理地図を作成した。 社会学に関しては、戦後日本の労働社会学の研究史を回顧し、知識・熟練がどのように扱われてきたかを整理した。わかったのは以下のようなことである。戦後日本の労働社会学は、労働研究全般に強い影響力を持ったマルクス主義との距離をどのように取るのかに応じて、学術の動向が二方向に分裂し、どちらの方向においても、知識・熟練を主題とする研究が深められることがなかった。マルクス主義の影響を逃れて、人事労務管理研究的な方向に向かった労働社会学者たちは、やがて「日本的経営論」に吸収されてゆき、実証的な根拠の乏しい「熟練形成の成功物語」という疑似科学に陥ってしまった。他方、マルクス主義的な観点に固執して、日本的経営論批判を強く意識した労働社会学者たちは、労資対立の階級関係を強調する研究に偏向し、労働者の知識熟練を主題とした労働過程論的な観点を見失ってしまった。 哲学に関しては批判的実在論の知識社会学が依拠する、哲学的自然主義について、内外の研究成果を吸収することを試みた。哲学的自然主義が進めている「認識論の自然化」、「知識の自然化」というプロジェクトは、人間の知識が個人のこころの内面を越えて、外部環境に向かって拡張していく性質を持っていることを明らかにしている。こうした哲学的自然主義の知見は、「ノリッジマネジメントシステムの誤作動」という本研究の仮説を支持するものであることが分かった。 経営学に関しては、学術論文だけではなく、経営者や経営学者の自伝的な言説を収集して、ノリッジマネジメント論が日本企業において受容されていくプロセスについて分析を行った。そこでも、経営学説の疑似科学化という事象を見出すことができた。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
理論研究に関しては、知識・熟練を主題とする社会学、哲学、経営学の先行研究を幅広くサーベイすることによって、今後の研究を進めていく道筋を示す論理地図を描くことができた。哲学的自然主義の知見を取り入れることで、既存の社会学、経営学の学説を批判的に乗り越えていく方途を見出すことができた。①日本の労働社会学に関する学説史整理、②哲学的自然主義と批判的実在論の知識理論、に関しては、2019年度中には学術論文としてアウトプットを出せそうな段階に達している。 実証研究に関しては、技術開発という点で競争優位を失ったエレクトロニクス系企業に関する経営史的な資料を収集した。ノリッジマネジメント理論がどのような文脈で経営者に受容されていたのか、という点についても、既存の文献に記載されている当事者の言説を収集することができた。 当事者からのインタビューについては、まだ少数の協力者を対象としたパイロットサーベイの段階ではあるが、オープンエンドな質問によってインタビュー項目の模索を行っている。本格的なインタビュー調査は理論研究による分析枠組みの確立を待って、二年目、三年目に行うことになるので、進捗状態という点で特に遅れているわけではないと考えられる。 2018年度においては文献研究にウェイトを置いたことから、一部の予算を翌年以後に繰り越すことになった。しかしながら、研究内容は以上のような状況にあるので、研究は「おおむね順調に進んでいる」と判断した。
|
今後の研究の推進方策 |
理論研究に関しては,引き続き、社会学、哲学、経営学の関連文献のサーベイを行う。社会学に関しては批判的実在論、哲学に関しては自然主義的な科学哲学、経営学に関してはノリッジマネジメント論が主要なターゲットであり、学術雑誌等で公表される最新論文をきちんとフォローしていく予定である。また関連する科学社会学、教育学的学習理論、認知科学などの研究成果も積極的に取り入れていく。日本の労働社会学の学説史整理に関しては、偏った知見に陥ることを回避するために、学会誌への投稿、学会での報告などを試み、専門研究者との学術交流を通じて内容をブラッシュアップしていく。 実証研究に関しては、2018年度と同様、当事者の語りを記載した既存文献の収集を継続実施する。経営者、技術者、中間管理職、製造現場の監督職・作業者など、企業組織の様々な階層をカヴァーできるよう心がける。日本の労働者の知識・熟練に関する通説としての位置を維持している野中、小池、津田などの言説が経営者などの実務家において、どのようにして受容されていったのか、についても探求する。 当事者からのインタビューについても2019年度より開始する。充分な数の協力者が得られない事態に備えて、既存文献による研究の拡張、対象業種の拡大などの可能性についても考慮する。インタビューの対象はさしあたり、大企業関係者中心の構成を考えているが、可能であれば、大企業を退出した起業家からのインタビューも考慮する。
|
次年度使用額が生じた理由 |
理由:当初予定していたところとは異なり、実証研究よりも理論研究にウェイトをおいて研究を進めたため、一部の予算の執行が次年度に送られることとなった。インタビュー調査の比重を減少させた分、理論研究を手厚く行うことができた。次年度使用額は生じたけれども、研究が停滞しているわけではないので、問題はないと考えられる。 使用計画:2019年度から実施する予定のインタビュー調査のための費用(調査旅費、テープ起こし費用、調査協力謝金、調査補助者のための謝金)として使用する。理論研究のための文献収集にも使用する。また学会報告の旅費および参加費として使用する計画である。
|