2022年度に実施した研究による主要な実績は、以下三点である。第一には、知識社会学に関する基礎的な理論研究を継続し、これを深めることができた。批判的実在論の諸概念を取り入れることで、職場集団を構成する人々の協働のあり方が、仕事に関する知識を創発させたり、陳腐化させたりするメカニズムを的確に説明できることがわかった。第二には、知識、技能、熟練に関して、人文社会科学系以外の工学系の学問分野の著作にも対象を広げて文献サーベイを継続することで、技術革新と労働との関係を科学的に研究するための視点を広げることができた。技術革新と労働の関係に関する従来の社会科学系の研究では、「新技術の導入は労働者の職を奪うのか」といった、19世紀以来の伝統的な問いに囚われて袋小路に陥っている傾向が見られるが、現代の情報技術系の新技術開発の現場に近い研究者ほど、社会構成主義的な技術観に依拠して、技術を社会のニーズに即して実装することを目指しており、先のような伝統的な社会科学の問いが陳腐なものであることがわかった。第三には、「現代社会における熟練衰退」という仮説を棄却した場合に、知識社会学は、どのような研究課題に取り組んでいくべきか、という今後の研究課題の探索に関しても、一定の成果を上げることができた。今後の知識社会学が取り組むべき最も重要な研究領域の一つとして、職場集団における協働と技術導入との関係をユニヴァーサルデザインという概念を中心に考えていくというテーマがあることが見出された。 5年間の研究期間全体を通して得られた最大の成果としては、労働者の知識・技能・熟練に関する知識社会学の概念枠組みを整理するとともに、これに自然科学系を含む隣接諸学の成果を取り込むことで、明確な論理地図を描くことができたという点を挙げておきたい。
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