研究課題/領域番号 |
18K02040
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研究機関 | 中央大学 |
研究代表者 |
野宮 大志郎 中央大学, 文学部, 教授 (20256085)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 被爆者 / ヒバクシャ / 広島 / シンボル |
研究実績の概要 |
本研究の目的は二つある。第一に、被爆体験をした個人を「被爆者」と呼び始めたときから、今日のグローバル・シンボルとなるまでの、シンボル化のプロセス を明らかにする。第二に、シンボルとしての「ヒバクシャ」が及ぼす影響を、複数の具体的なイベントを検証し明らかにする。 2021年度は、2020年度同様、世界的なパンデミックの影響のもとでの研究が続いた。研究プロジェクト出立当初に予定していた研究事案の完全な遂行は困難に追い込まれたが、現地調査が大きく制限される中で書籍・史資料による調査により重点を置くなど、2020年度に再構築した修正研究プランを基本として研究は進められた。その結果、一定以上の成果があったと言えよう。 研究の第一の目的に関して、書籍を通して、被爆者がシンボル化する根拠ないしは心的淵源を捕まえるための思索を行ったが、シンボル化過程を進める力としてキリスト教の思想、特にイエス・キリストの贖罪と他者のために死す行為がアナロジー的に強く働いているのではないかという仮説に辿り着いた。この仮説の可能性を探るため、長崎に出向き潜伏キリシタンの村々を回った結果、この仮説には一定の説明力があるという認識に辿り着いた。ただ、広島での被爆者がヒバクシャになる過程でのシンボル化の淵源をどこに求めるかは、まだ朧げながらにしか理解できていない。 研究の第二の目的に関して、2020年に始まった「原爆ドーム存廃論争」と「自衛隊の平和公園行進論争」の2事例の研究からシンボルとしてのヒバクシャが及ぼす影響を探る研究は、「被曝の記憶」が西欧的近代をモデルとする近代化への追従を嫌う戦後の日本的エートスを創出する、という過程の把握にまでつながった。「ヒバクシャ」は、このプロセスで「被曝の記憶」を呼び覚ますシンボルとして使われ続け今日に至っていることもまた確認ができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2020年度に行った研究計画の修正作業では、当初の研究に一定の変更を加えることで研究計画の再構築を行ったが、それが功を奏した結果になった。研究計画再構築後に着手した二つの事例研究は、そこからさらに発展して、西欧的近代と日本という大きなコンテキストで議論を進める複数の論文に結実した。この観点からは、研究は大いに進んだと言えよう。 他方、2021年度、広島大学原子力委科学研究所の久保田先生との協力体制のもと中国新聞記事をデータ化し進める予定だった言説分析は、相手方の都合により実現が困難となった。この観点からは、研究は予定通りには進まなかったと言えよう。 とはいえ、2021年度は総じてプロダクティブな年となった。全体的に見て、研究は順調に進んだと言えよう。
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今後の研究の推進方策 |
2021年度に当初予定していたものの達成ができなかった、中国新聞による「被爆者」「ヒバクシャ」関連記事のデータベース構築について、その実現に向けて作業を進める。本研究プロジェクトの大きな目的である、「被爆者」が今日のグローバル・シンボルとなるまでのシンボル化のプロセス を時間的な過程の中で明らかにするために、被爆者データベースを用いてデータからの検討を是非とも行いたい。また、過去二年間大きく制限されていた、被爆者個人へのインタビュー調査を行い、個人の中で捉えられている「シンボル化」の過程を確認したい。
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次年度使用額が生じた理由 |
二つの理由がある。一つは、やはり新型コロナウィルスによる影響で、国内調査と海外での研究交流が極端に制限されたことである。特に研究成果を携えて海外での研究会合に臨み議論を練磨する機会は2020年度同様、一切得られなかった。また国内調査も、数回は可能だったがやはり大きく制限された。もう一つの理由は、本務校から得られた研究資金が比較的潤沢にあり、その資金を使って調査を進めたことである。2021年度は、研究成果を複数産出することができたが、それも、本務校資金が使用できたことが一定の寄与をなしている。
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