本研究の目的は、子どもの貧困と子どもの間で生じている不平等を削減するため、社会政策はどのような規範に基づき、どのように設計される必要があるかについて、社会正義の観点から再検討することである。本年度は、前年度までの考察をもとに、最終的に次の2つの知見を導いた。 (1)近年の社会政策では、社会的保護より教育投資を重視する社会的投資戦略が重視されてきた。また、子どもを対象とした社会政策でもその戦略は重視されている。しかし、ケイパビリティ・アプローチに基づく先行研究から、人間の生の多様性を尊重するならば、社会的投資戦略に依拠した社会政策には限界があり、社会政策はケイパビリティの向上と平等化を目指すことが望ましいと指摘される。本研究は、その知見をもとに、貧困の世代間連鎖に関するエビデンスを社会的投資戦略に即して読み取ると教育投資の重要性が強調されるが、ケイパビリティ・アプローチを手がかりとすれば教育投資のみでは解決されない問題が可視化され、それに対応する社会政策の必要性が説明可能となることを示した。 (2)子どもの貧困問題の解決に向けて、経済的支援と福祉的支援が緊急に必要とされるが、本研究は、それに加えてなぜ教育の役割も求められるかについて考察した。貧困世帯の子どもへの教育投資の拡充だけでなく、ケイパビリティの向上・平等化に向けた教育的支援の充実と、貧困を生まない社会や制度への改善に向けた社会正義の価値観の教育(知識や批判的思考に基づく学習機会の提供)が必要であり、その点で教育政策の役割が欠かせないことを論じた。 (1)については未公刊の論文にまとめた。(2)については松岡亮二編(2021)『教育論の新常識』において「子どもの貧困:経済や福祉のみならず、なぜ教育の役割が欠かせないのか」と題する章で発表した。
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