本研究は、精神疾患・心理社会的障害者と、精神疾患・心理社会的障害以外の障害者のそれぞれが経験したトラウマをフィリピンにおいて分析したものである。両群のトラウマに対する暴露率を比較したところ、身体的暴力については精神疾患・心理社会的障害を持つ者の暴露率が有意に高かった。一方、言葉の暴力、性的暴力及び暴力的事象の目撃については、精神疾患・心理社会的障害を持つ者と、精神疾患・心理社会的障害以外の障害を持つ者の間に有意差は見られなかった。両群が、身体的暴力を除いてトラウマに対する同程度の暴露率を有している理由として、(1)精神疾患・心理社会的障害は外部から見えにくいため、精神疾患・心理社会的障害を持つ者が他の障害を持つ者と比して必ずしも全ての形態の暴力を受けやすいとは限らないこと(例えば、言葉の暴力に対する脆弱性は障害の可視性と関係があると考えられるところ、外見上は非障害者と大きく変わらない精神疾患・心理社会的障害者が言葉の暴力に対して特に脆弱であるとは限らない)、(2)障害種別に関わらず障害者に対するスティグマや差別があまりに深刻であり、障害者全体に対する暴力が蔓延している可能性があること、(3)災害後には暴力的事象が増加する可能性が高いところ、フィリピンの災害に対する脆弱性は全ての障害者に均質的な影響を与え、等しくトラウマを経験しやすい状況を生み出している可能性があることが挙げられる。同時に、トラウマ体験は人権に基づくウェルビーイングと密接な関係性を有すると考えられるが、人権に基づくウェルビーイングはトラウマ以外の様々な要素にも影響を受ける。したがって、精神疾患・心理社会的障害を持つ者と、精神疾患・心理社会的障害以外の障害を持つ者を取り巻く人権状況を正確に把握するためには、両者の人権に基づくウェルビーイングについてトラウマ以外の観点からも詳細な分析を行うことが今後待たれる。
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