研究課題/領域番号 |
18K02113
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研究機関 | 日本医療大学 |
研究代表者 |
松本 真由美 日本医療大学, 保健医療学部, 教授 (20738984)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 精神障害者 / 地方精神保健福祉審議会 / 長期入院 / アドボカシー / オーストラリア / トライビューナル |
研究実績の概要 |
本研究は地方行政に多様な民意を反映させるために設置されている地方精神保健福祉審議会への当事者委員の参画の推進と、精神に障害のある人々を含めた精神保健福祉システム構築の可能性を明らかにすることを目的に計画されたものである。 地方精神保健福祉行政を当事者委員と協働で構築する都道府県または政令指定都市がある一方、当事者委員参画のない都道府県等は参画の検討さえ行われていない。その違いについては令和元年度に出版した著書で明らかにした。令和2年度は精神に障害のある人々を含めた福祉コミュニティを構築しているモデル地区を抽出し、詳細な分析を行うことを目指した。これまで全国の7割の都道府県・政令指定都市に出向き、聞き取り調査をしており、候補としてA地域を絞り込み、令和2年度に現地調査を実施する予定だった。しかし、長期に及ぶ自粛期間の影響で断念し、文献研究を中心に行った。 その結果、A地域は精神科病院に長期入院する人々の退院支援を、国の補助金事業計画以前から県独自に実施し、行政担当者が地域移行のためのネットワークを構築し、手厚い支援のもとに多くの人々を退院に導いた実績が顕著となった。また、行政機関は当事者団体の支援にも力を入れ、政策提言できる力のある当事者を発掘し、行政の会議への参加を促していた。当事者委員は精神医療に関わる多様な課題について活発に意見を述べ、改善に向け、積極的に活動していた。 この他、令和元年度に調査に出向いたオーストラリア・ニューサウスウェールズ州は非自発的入院患者が長期入院化しないよう、また、患者の権利擁護のために準司法機関であるトライビューナルを設け、3ヶ月ごとに入院継続の可否のチェックを行っていた。今後、再調査の必要が考えられる。 わが国の精神保健福祉システムが健全に機能するには、精神に障害のある人々を含めた地域ネットワークの構築はもちろん、権利擁護の視点が重要と考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
遅れている主な理由は現地調査未実施による。A地域において精神保健福祉システムが構築なされていることは、令和元年の行政担当者と精神保健福祉審議会当事者委員への聞き取り調査から把握できていたが、システム構築に最も貢献したと思われる元行政担当者への聞き取り調査と、A地域の現状の視察が行われていないため、十分な裏付けを得ていない状況である。 文献資料をもとに以下のことは確認できた。A地域は知的障害者施設の地域移行をきっかけに、長期入院状態にある精神に障害のある人々の地域移行を進めた経緯がある。その際、「居住の場の確保」「就労・日中の活動の場の整備」「在宅生活の支援」「相談支援体制の整備」を計画し、その都度、国の補助金や県独自事業により予算を確保し、成果を上げてきた。特に、地域移行を専門に担当するコーディネーターを県内4カ所の障害者総合支援センターに配置し、ケアプラン作成、ケア会議の開催、ネットワークづくりを行い、平均約10年に及ぶ長期入院者を多数退院に導いた。それらと並行し、地域の事業所作りも進め、地域で暮らしやすい環境を整えている。また、精神保健福祉センターの支援を受け、当事者団体が設立され、現在も安定的に運営され、数々の政策提言を行っている。 一方、オーストラリアは患者をできるだけ入院させず、非自発的入院に至る場合は早期に退院に導くしくみや、非自発的入院患者の権利擁護を約30年かけて作り上げてきた。トライビューナルは患者の権利擁護に関わる重要なしくみの一つである。入院継続に不服がある場合、トライビューナルのヒアリングがあり、患者本人、家族、代理人弁護士が参加し、各々が主張可能である。州内にはLegal Aid NSWという法的援助組織があり、精神保健に関わる情報提供や支援を無料で行っている。このように安心して精神医療を受けられる環境から学ぶべき点は多く、現地調査の必要を感じる。
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今後の研究の推進方策 |
最優先事項としては現地調査を計画したい。A地域は2000年~2010年頃精神科病院からの地域移行に尽力した行政担当者のうち1名は現在、社会福祉法人で勤務していることがわかっている。当時のしくみ構築に関わる詳細を聞き取らせていただきたい。また、所属する社会福祉法人が精神に障害のある方々の地域生活の実現に貢献していることが予想されることから、実践の成果についてもお尋ねしたい。さらに、もう1名の尽力者は引き続き行政機関に所属していることから、現在の精神保健医療福祉行政の進捗状況について確認したい。また、政策提言を積極的に行う当事者委員に再度聞き取り調査を行い、A地域の精神保健福祉に関わる課題とその改善に向けた意見を聴取したい。また、当該の当事者委員は精神科病院における不当な長期入院に関する問題や、身体拘束・隔離等についても発言をしており、権利擁護も含めたわが国の精神保健医療福祉のあり方について精神疾患の経験者の立場からのしくみ構築についてもぜひ尋ねたいと考える。 オーストラリア・ニューサウスウェールズ州のMental Health Review TribunalとLegal Aid NSWはこれまでそれぞれのホームページやAnnual Reportからの情報収集であり、実際の担当者からの説明を得たい。特に精神に障害のある人々の非自発的入院に司法機関が関与し、患者や家族の支えになっているが、司法の協力がたやすく得られる点がわが国とは大きく異なる点である。そうした背景の違いを含め、わが国とは異なる権利擁護のしくみについて明らかにしたい。また、現地の病院の中には敷地全体が小さなコミュニティを成すものがあり、その利点と課題について把握したい。 本年度も引き続き現地調査が難しい場合は書面で質問状を送り解答いただくなど、可能な限り代替の方法を用い、進めたいと考える。
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次年度使用額が生じた理由 |
令和2年度については、現地調査のための出張に出向くことができず、その後のデータ処理の経費もほぼ発生しなかったことから、大幅に次年度繰越金が発生した。 令和3年度は、A地域の詳細な調査とオーストラリア・ニューサウスウェールズ州の調査を企画し、予算を消化できる見通しである。
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