本研究は、戦後最大の年金改革と言われた1985年の年金大改正で唯一といえる改善策として誕生した障害基礎年金の成立過程を明らかにしたものとなる。保険は、保険料の拠出をして給付があるという基本的な原則の上に成り立っている。しかし障害基礎年金制度では、幼いころから国民年金の障害認定基準に該当する障害のある者が20歳になった段階で、国民年金の加入期間である20歳を超えて事故等で障害を持った者と同額の給付が行われている。つまり、保険料無拠出の者の給付額を、保険料を拠出した者の給付額にまで引き上げたのである。 本研究では、こうした障害基礎年金誕生の謎を解く事を目的に政治家、官僚、障害当事者にインタビューを行ったほか、障害者団体の機関誌や故人となった官僚の追悼集、国会議事録等で多くの声を集め、その声から障害基礎年金の成立過程に迫ろうと試みた。 研究の結果として、障害基礎年金成立について大きく2つの側面を明らかにした。1つめは、国際障害者年という時代背景の下、当事者が声を挙げ、その声に心を動かされた官僚や政治家が協力し、年金制度という大変頑固な性質を持つ領域で、無拠出と拠出の統合させる理論を構築、障害基礎年金という前例にない新たな仕組みを作り上げたことである。いわば正義の実現としての側面である。 2つめは、多くの国民に負担を強いる大きな年金改革を国会で成立させるため、障害基礎年金やそれを求める当事者運動が担った政治的な役割があったこと、また所得保障以外の介護保障等の当事者の要求はスルーされたことにも、政治的思惑があったことを明らかにしている。これは正義の実現とは違い、障害基礎年金や運動に政治的な駆け引きの側面があったとするものである。 財政縮減期の制度実現を要求する当事者運動は、正義の実現を担う側面以外にも、複雑な政治力学の下、複数アクターの利害調整的な役割を持つことが明らかになった。
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