研究課題/領域番号 |
18K02163
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研究機関 | 聖学院大学 |
研究代表者 |
田澤 薫 聖学院大学, 人文学部, 教授 (70296200)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 児童福祉法 / 保育所 / 保育 / 厚生省児童局 / 吉見静江 / 興望館 |
研究実績の概要 |
第二次世界大戦後の日本社会における保育所保育の確立について検討する作業の一環として、2018年度は以下の二つの作業領域において、児童福祉法の成立と共に厚生省児童局に新設された保育課において、課長として児童福祉法施行時期から最初の12年間にわたり保育行政の中心を担ったと考えられる吉見静江の仕事を整理することに取組んだ。 第一に、保育所保育制度の確立期と目される吉見課長在任中になされた保育行政を、1947年12月から1959年の児童福祉法法改正、発出された通知等、「保育所運営要領」「保育指針」をはじめとする刊行された児童局関連の書籍類、それらにおける吉見の言説、課長としての吉見の講演等により整理した。 第二に、吉見が厚生省入職前に館長を務めていた興望館セツルメントとの関連を検討する目的で、興望館資料室所蔵資料から以下を整理した。 その結果、児童福祉法における保育所保育の具体化の課題は、(旧)生活保護法、社会福祉事業法をはじめとする児童福祉法以外の法制度およびシャープ勧告による平衡交付金制度をはじめとする社会の動きと密接に関連しながら動揺し、児童福祉の理念の反映が困難であったことが確認された。また、吉見保育課長の前職である興望館セツルメント保育事業の保育理念は吉見が保育所保育の実践理念を構築する上では重要な意味をもったことが窺われるものの、それが具体化される状況にあったことは確認できず、興望館での実践から直接に保育行政への影響は見取れなかった。一方で、吉見が興望館に在職していた戦中から終戦直後の混乱期において苦難にあった私設保育事業における吉見館長の舵取りの足跡は、児童福祉法以降の保育行政の混迷を理解しようとする際の基礎資料となる。翌年度の検討につなげたい。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初計画に沿っておおむね順調に進展している。 興望館セツルメントを前身とする社会福祉法人興望館の全面的な協力を得て興望館資料室が所蔵する資料を閲覧することができ、研究の進展に大いに役立った。2018年度の研究内容はそうしたの興望館所蔵資料の閲覧によって支えられた面が大きい。 一方で、2018年度にほぼ網羅的に資料閲覧が行えた成果により、新たな課題に直面することとなった。吉見静江が1947年に興望館を辞したあと厚生省に入職し、さらに退官後は神奈川県茅ケ崎市で民間施設の運営に携わったことから、吉見静江を要として興望館セツルメントにおける保育事業と戦後の保育行政との継続性の有無を確認する作業を含むこの研究が必要とする吉見自身による資料が興望館にはほぼ残されていないことが明らかになったことである。このことは、今後の研究にとって大きな課題となる。今後の本研究の順調な進展のためには、新たな資料開拓が必要である。
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今後の研究の推進方策 |
当初の研究計画におおむね沿いながら、2019年度以降は、以下の3点の作業領域における研究を行う計画である。 第一には、2018年度に継続して、保育所保育制度の確立期と目される吉見静江課長在任中(1947年から1959年)の保育行政を以下の3つの視点から検証する。まず、児童福祉法、最低基準、通知等、「保育所運営要領」「保育指針」等で形作られた保育所保育制度を保育所運営方法、入所措置方法、保育内容の3つの項目から整理する。次いで、外部評価としての行政管理庁・会計検査院からの実地調査・検査による指摘事項・勧告内容から逆照射することによって保育行政の課題を明らかにする。さらに、この期間の吉見の言説をたどり保育理念を整理する。これまでの研究の成果から、吉見静江が保育内容そのものについては、館長として興望館セツルメント保育園に対しての指導をおこなっていないことが確認されている。また、2018年度の研究成果から吉見課長在任中の保育行政が必ずしも課題がなかったわけではなく、むしろ課長が表明する保育理念の実現以前の問題が山積した状態が続いたことが明らかにされた。そうした中での「保育所保育」がどう考えられていたのかを多角的に検証したい。 第二に、興望館資料室所蔵資料から、児童福祉法の前と後での保育を利用していた児童・家族の特性を整理する。とくに児童票の「入所の目的」欄には興望館保育園に入園する目的が保護者の言葉で記されている例が多くあり、そこから、託児および保育に対する利用する側の認識を読み取ることが可能であると期待される。 第三に、吉見自身による保育事業、保育行政に関する思索等が確認できる資料の発掘に努めたい。
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