研究実績の概要 |
本研究は, ヒトの咀嚼によって生成される食物片の粒子解析および食物片により形成される食塊の物性解析を用いて, 高齢者の咀嚼・嚥下過程の理解を目指す研究である。個人から得られた実データをもとに数理モデルにより食塊を再構成することで, 従来の機器測定等に比べ低コスト, 簡便に個人の摂食能力を評価できるような指標の確立を目指す。 当該年度は前年度の実験的・数理モデル研究による研究を踏まえ以下の研究を実施した. (1) 申請者らによって提案された食塊モデルを用いた, ある食片サイズ分布を仮定したときの食塊の物性について, 前年度に続き継続して研究を行った,(2) 口腔内で作られた食塊が食道へ輸送される際の食塊物性を実験的に調べるため, 模擬的に食塊を作成し, それを落下させたときの凝集性について, レーザーを用いて測定を行った. (1) では, 申請者らのモデルをもとに, 食片サイズ分布として対数正規分布を仮定した上で, Prinz-Lucas (J.F. Prinz and P.W. Lucas, Proc. R. Soc. London B, 1997) らが導入した食塊の物性を判定する 2 つの力を数値シミュレーションによって計算を行った. この方法は理想的に食片のサイズとそれらがどのように塊を形成するのかという要素のみによって得られるシミュレーションであるが, その一方で現実の摂食過程では, たとえば食品そのものに含まれる水分や唾液などシミュレーションで仮定していないさまざまな食塊の物性に影響を与えるであろう要因が存在する. そのような要因も含めて食塊物性を理解するために, 今年度は(2) のように被験者によって作られた食塊の落下実験を行っており, それらの結果についてデータの解析および考察を実施している.
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究において当該年度の計画は,高齢者を被験者とした咀嚼実験を実施し, それによ り得られた食片および食塊の性質を前年度までの研究結果を踏まえ摂食能力の指標やその他先行研究結果と比較検討することで高齢者の摂食能力の定量化を目指すことである. 高齢者を被験者として直接実験を行うことについて, さまざまな困難がある中で, 本研究では上の【研究実績の概要】のようなシミュレーションや被験者を用いないような実験によって可能な限り検討がなされた上で最終的に高齢者の実験へつなげたいと申請者は考えている.現在はそれに向けてさらにシミュレーション等の考察を行っている途中であるため, 研究計画通りに完全に進んでいるわけではないが, 最終的な成果を意識して取り組んでいる.また, 社会貢献という立場では, 研究発表が 1 回行われているが, 論文等の形にまとめられていない. さらに予算執行という観点からみると, 前年度と同様に, 実験的な研究に向けた実験設備に予算を多く使っており, 当初計画と少し相違が見られる. 以上のようなことを踏まえると, 現時点での本研究課題の進捗状況判断としては, 「おおむね順調に進展している」と自己判断している.
|
今後の研究の推進方策 |
来年度について研究計画では, 前年度までの研究結果を集約し, 数理モデルや摂食能力の理論的理解にフィードバックすることで, 高齢者摂食ダイナミクスの理解を目指すこととしている. 当初より被験者を伴う実験を実施することを前提としているが, 現在の状況からシミュレーション等の理論的アプローチや被験者を伴わない実験から研究計画を事実上達成することを検討する. また昨年度実施報告書に記載した通り, 食片の物性, 特に食品科学において標準的な手法として用いられてきたテクスチャープロファイル解析 (TPA) で得られるテクスチャー特性についての問題についても積極的に研究を行っていきたい. TPAはその歴史の長さもあり, 嚥下困難者への特別用途食品規定にも用いられており, その妥当性の検討は嚥下困難者の多くが高齢者であることを踏まえると大変意義深いものである. 現在, 申請者は上記研究実績の概要内の (2) で示した食塊の落下実験で, より現実に即した食塊物性を反映した指標の検討を行っている. これらを推進することによって, 咀嚼・嚥下の基礎的な定量化手法を確立することは, 本研究目的とも合致しており, 来年度における成果発表を目指す.
|