研究課題/領域番号 |
18K02269
|
研究機関 | 小樽商科大学 |
研究代表者 |
岡部 善平 小樽商科大学, 商学部, 教授 (30344550)
|
研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
|
キーワード | 後期中等教育 / カリキュラム / 職業教育 / コンピテンシー |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、後期中等教育での職業教育が学習者の学力形成および進路形成に対してもつ効果について、とくに特定の職業的スキルに限定されない教科横断的な能力の形成に焦点を当て、実証的に検討することにある。平成30年度の研究実績の概要は、以下のとおりである。 第一に、職業教育における能力と知識の位置づけと特徴について、普通教育との関連性の視点から先行研究に基づき検討をした。これまで職業教育を通して伝達される知識は、文脈依存的で個々の知識の関連づけが希薄な水平的構造をもつものとして捉えられてきた。これは、普通教育がもつ垂直的な構造、すなわち知識が相互に関連づけられ、より上位の知識へと統合される特徴とは対照的な位置づけである。このことから、職業教育を通した能力形成の取り組みについて、①「身につけさせたい能力」として何が、どの程度明確に設定されているのか、②カリキュラムが目標に準拠した垂直的な構造となっているのか、あるいはより水平的な構造をなしているのか、に着目して分析をすることが有効である点が示唆された。 第二に、職業教育を通した能力形成の先行事例として、スーパー・プロフェッショナル・ハイスクール(以下、SPH)指定校の取り組みを実績報告書をもとに分析した。その結果明らかになったのは以下の点である。 (1)「身につけさせたい能力」として、各指定校は専門的なスキルだけでなく、課題解決能力や協働性といった一般的汎用的な能力を提示していた。また、各専門科目とこれらの能力との対応関係を示し、教育課程に位置づける試みがなされていた。 (2)しかし、各専門科目間および普通科目との間で取り組みの関連づけが必ずしも明確におこなわれているわけではなかった。また、生徒の活動に対する評価について、ある取り組みのなかでどの程度個々の能力は示すことができたか、といった文脈依存的な評価が実施される傾向が見られた。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
現在までの進捗状況について、「やや遅れている」と自己評価する理由は、以下のとおりである。 第一に、事例校における質問紙調査および聞き取り調査を実施できていない。「研究実績の概要」で述べたように、平成30年度は、今後の事例研究に向けての理論枠組の構築と、先進事例であるSPH指定校の取り組みの予備的分析を中心に研究を展開したが、枠組みの構築と資料の収集に多くの時間を費やし、事例研究の実施にまでは至らなかった。しかしながら、職業教育を通したコンピテンシーの形成過程を、学習者の認識まで視野に入れて解明するためには、事例校での時系列的なデータの収集が不可欠である。 第二に、国内外の職業教育改革に関する理論的検討の不足である。「職業教育を通した能力(コンピテンシー:competency)の形成過程」に関するモデル構築の基盤として、「普通教育と職業教育の分化と接近」に関する諸研究、およびアカデミックな教育と職業教育との「評価の同等性」(parity of esteem)に関する諸研究の成果の整理が必要である。とりわけ、「評価の同等性」に関する研究の整理は、職業教育の効果の測定、後期中等教育における多様な学習成果の評価手法の開発に向けての基礎的研究として喫緊の課題である。しかし、資料の収集、読み込み等、十分な検討がおこなわれていない状態である。今後は、英米を中心に蓄積が見られる上記の諸研究に、本研究の知見を位置づける作業を進める必要がある。
|
今後の研究の推進方策 |
上記「現在までの進捗状況」の現状を踏まえ、今後は①事例校における量的および質的データの収集と分析、②調査の分析結果および理論的検討に基づく「職業教育を通したコンピテンシーの形成過程」に関する理論構築とその精緻化、の二つの研究を進めていく必要がある。その方策は以下のとおりである。 第一に、事例校におけるデータの収集と分析についてである。現在、事例校である工業高校2校、商業高校2校での、生徒を対象とした質問紙調査の準備を進めている。この調査は、高校の職業教育が学習者の能力アイデンティティの形成にいかなる効果をもつのか検討するためのものであり、「職業教育の有意性の認識」「職業科目と普通科目との関連性の認識」「現在の学習内容と進路との関連性」の観点から実施される予定である。また、分析結果を調査対象校にフィードバックする過程で、当該高校における「身につけさせたい能力」の設定状況、生徒の学習活動に対する評価方法の現状、職業科目と普通科目との連携の現状と課題について、聞き取りと資料収集の場を設定する。ここで収集されるデータに基づいて、職業教育を通したコンピテンシー形成の現状と課題をより詳細に検討する。 第二に、「職業教育を通したコンピテンシーの形成過程」に関する理論構築とその精緻化については、平成30年度に引き続き「職業教育と普通教育の分化と接近」に焦点を当てた理論的・実証的研究の文献収集および読み込みをおこなう。これに加えて2019年度は、とくに英国において蓄積が進展しているアカデミックな教育と職業教育との「評価の同等性」に関する研究、および職業教育改革に関する研究の知見を再検討する。 これらの検討を通して、後期中等教育における職業教育の意義を能力形成の観点から捉え直すための理論的枠組の構築を図る。
|
次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用額が生じた理由は、事例校における質問紙調査および聞き取り調査を実施することができなかったからである。当該年度は、①事例校のうち商業高校2校において第一次調査をおこない、②その結果と理論的検討に基づいて「学習者の能力アイデンティティの形成」に関する2019年度以降の調査に向けての分析枠組および質問項目を構築する予定であった。しかし、事例校との日程調整がうまくいかなかったこと、また事例校の追加が可能になったことから、調査デザインの変更が必要となり未使用額が生じた。 上記の理由から、次年度では、第一に事例校における質問紙調査および聞き取り調査を実施する。未使用額の一部は、質問紙の印刷費、および調査結果のフィードバックも兼ねた聞き取り調査実施のための国内旅費に充てる。また、これまでの研究成果を日本カリキュラム学会(2019年6月22~23日、京都大学)において発表するための国内旅費の一部に充てる予定である。
|