本研究の目的は、後期中等教育での職業教育が学習者の能力形成、とくに特定の職業的スキルに限定されない教科横断的な能力の形成に対してもつ効果について実証的に検討することにある。2022年度の研究実績の概要は、以下のとおりである。 第一に、職業教育の改善と高度化を目的とした試みの先端的な事例として、英国で2020年より段階的に導入が進められている中等教育段階の新しい職業教育資格、Tレベル(T Levels)に着目し、その現状と課題を各種行政文書、公表されている統計データ、および教師の声を取り上げた調査研究のレビューに基づいて分析した。Tレベルは、12の職業ルートから構成された2年間の職業教育プログラムで、各職業ルートの核となる理論や概念など「広い知識と転移可能なスキル」の学習と、職場実習などを通した「深い技術的知識」の提供を目的としている。その内容的特徴について、教育現場は「質の高い」教育プログラムとして肯定的に捉える一方、既存の職業教育プログラムよりもアカデミックな要素が強いものとして認識する傾向にあった。このことから、「質の高い」職業教育の構築を意図した特徴が、結果的にTレベルを目的と内容の両側面でアカデミックな方向へ偏らせている、という逆説的な状況が示唆された。 第二に、これまでの分析結果と、上記の英国における職業教育改革からの理論的示唆を総括し、職業教育カリキュラムが内包する課題と取り得る方向性について考察した。職業教育における能力(コンピテンシー)形成の課題として本研究が提示したのは、①コンピテンシー=一般的スキルという「誤認」と、②職業教育とアカデミックな教育の分化という二分法的な枠組みである。それに対して本研究は、職業教育の意味と役割を職業的スキルの伝達に限定するのではなく、学習者が実践を通して理論的な知識に接近する機会の提供へと拡張する必要性がある点を確認した。
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