本研究の目的は、第一に、近年新たに編集と公刊が開始されたジョン・デューイのミシガン大学、シカゴ大学、コロンビア大学時代の講義ノート、講義録、またその他の未完のデューイによる草稿の分析をもとに、デューイ思想の形成過程におけるヘーゲル哲学の影響と痕跡、特にヘーゲルの弁証法的な思考様式の影響を探り、また再評価することにあり、第二に、この作業により、一般に理解されているデューイ思想の中心的な概念である探究理論のよりよい理解を目指すことにあった。次のような諸点が明らかとなった。先ず、初期のデューイの思考方法の枠組みには、生物学者ハクスリーによる生物学的ダーウィニズムとヘーゲルの精神現象学と論理学の明らかな影響をみることができ、その痕跡は、後年の道具主義や実験主義、自然主義的経験主義というデューイ独自の哲学的立場の基底に存在し続けていることや、特にデューイ特有の問題の立て方、既存の哲学的課題を二項対立的図式に敢えて落とし込み弁証法的な止揚によって宥和と調停を提示することにみることができ、さらに、これらの思考法は生涯にわたり継続していたと考えられる点である。次に、従来、デューイの中期における論理学思想は、ヘーゲル哲学との決別のあとC.S.パースに接近したことから、プラグマティズムとしての論理学へ発展したというのが一般的な見方であったが、本研究の分析によれば、パースとヘーゲル哲学との比較研究がにわかに脚光を浴びるようになったことも踏まえ、改めてデューイの思想形成における、ヘーゲル哲学とパースのプラグマティズム論理観との整合性やそれらについてのデューイ自身の解釈等について再度吟味する必要が出てきた点である。最後に、デューイの晩年の論理学、探究の理論における日常性と科学との連続性と包括的な捉え方のうちにヘーゲル的な弁証法的な枠組みの痕跡を見る可能性が浮上した。この点については今後の課題である。
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