研究課題/領域番号 |
18K02371
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研究機関 | 立教大学 |
研究代表者 |
前田 一男 立教大学, 文学部, 教授 (30192743)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 長野県教員赤化事件 / 二・四事件 / 信濃教育会 / 大正自由教育 / 治安維持法 / 教育実践史 / 1930年代 / 教労、新教 |
研究実績の概要 |
2019年度の研究実績としては、3点あげられる。 第1は、研究成果として「二・四事件」の構築性について、論文(「長野県教員赤化事件(「二・四事件」)の構築性 -自由主義教育との連続性と「思想動員教員」の認識の視点から-」)と題する論文を発表した。内容は、中心人物の大正自由教育観、中心人物以外の社会運動観を通じて、「二・四事件」が意図的に構築されたこと、その構築性に思想対策の意図が隠されていたことを明らかにしようとしたものである。戦後から「二・四事件」を評価しようとする従来の研究動向を批判し、1910年代から教育実践の展開過程に「二・四事件」を位置づけようとした。また、治安維持法の適用のされ方を通して、事件そのものの構築性にも言及した。ほとんど社会運動への自覚がない教員を「検挙」することによって「事件」として仕立て上げ、思想対策としての機能が期待されたのである。 第2は、新たに発掘された『長野県プロレタリア教育資料』(故宮坂広作文庫所蔵)に含まれる「長野県ニ於イテ左翼運動ニ関与セル小学校教員ノ手記」(9人分の自筆)の翻刻作業を、研究協力者とともに、ほぼ完了させたことである。約7万字に達している。ここに登場する教員たちは治安維持法の目的遂行罪で「検挙」された。しかし社会運動への自覚が乏しく、数日間で釈放されている教員たちが多い。その認識が手記のなかで確認することができ、従来の「二・四事件」観を更新する上で貴重な資料である。 第3は、上伊那教育会で郷土史研究を深めている矢澤静二氏との研究交流を深められたことである。矢澤氏は、当時の伊那小学校校長であった伊藤泰輔の膨大な日記を遺族から託されており、その日記から「二・四事件」及び満蒙開拓青少年義勇軍の研究を深めている。長野県内の上伊那地域から「二・四事件」を新たに解釈しようともしており、研究代表者の研究課題に重要な意味をもっている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
「歴史的転機としての「二・四事件」に関する総合的な研究」の2年目にあたる今年、上記の「研究実績の概要」に記したように、相応の進展を見ることができた。 その際、何がどのように「転機」なのかという点が、明示される必要があろう。論文でも指摘したように『長野県教育史』の認識は、「二・四事件」にまさに「転機」という位置づけを与えながら、時期区分を行っている。その時期区分の理由は、自由主義的な教育的価値を持った信州教育の実践が、この「二・四事件」によって断絶したという評価に基づいている。その認識に、研究代表者は同意するものであるが、なぜ「断絶」を余儀なくされたのかについての実証的な根拠が充分ではないままであった。 2018年度は、新資料であった「裁判記録」などを復刻することによって、運動の中心的な教師の「二・四事件」へのかかわりを検証する研究条件を整えた。また共同研究によって、それぞれの人物の解題を付し、共産主義や天皇制への認識を概観した。 2019年度は、運動にはほとんどかかわりがない、しかし「検挙」された教師たちを対象にして、共産主義や天皇制についての認識を検証した。治安維持法の目的遂行罪が適用されたことによる「検挙」ではあったが、ほとんどの場合、社会主義運動への関与は認められなかった。にもかかわらず、社会は「検挙」された教師たちに「反体制者」(通称「アカ」)のレッテルを貼ることになり、教師という聖職者にありながら天皇公教育の反逆者として仕立てあげられたのである。 つまり、社会主義運動への自覚のない教師たちが「検挙」されることによって「事件」が構築されたのである。この構築性そのものが、「転機」の内実であった。その点で、この構築性の「内実」を、さらに実証していくことが今後の研究課題となる。 計画していた資料調査などは、コロナウイルスの影響で実施できなかったので、次年度に再度予定したい。
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今後の研究の推進方策 |
2020年度は最終年度になるので、4点について研究していきたい。 (1)故宮坂広作文庫所収で、『長野県プロレタリア教育資料』として製本されているなかに「極秘 長野県小学校教員『全教教労支部』結成事件調査報告」(国民精神文化研究所用紙 タイプ印刷 11頁)、「秘 昭和八年四月 長野県小学校教員の左翼組織事件 学生部」(タイプ印刷 B5版 57頁 + 「教労長野支部組織形態」昭和八年二月現在 他B4版図版4枚)が残されている。新史料であり、作成時期の早さからして、中央省庁の「二・四事件」への危機感が読み取れるものである。これを復刻しつつ、分析を加えたい。 (2)上記資料の翻刻、2019年度に終了している「長野県ニ於イテ左翼運動ニ関与セル小学校教員ノ手記」(9人分の自筆)の翻刻、および同じく終了している戦後における「二・四事件」関係新聞記事を採録した資料集を作成する。新資料も含まれる基礎資料であり、今後の研究のための学会の共有財産としたい。 (3)新型コロナウイルス感染症の収束状況にもよるが、2020年3月に計画していた飯田市立図書館、飯田市歴史研究所および松本市立図書館、諏訪市立図書館での補充調査も実現したい。 (4)研究課題名である「歴史的転機としての『二・四事件』に関する総合的研究」に関して、総括的な論文作成に取り組みたい。2019年度、「二・四事件」の構築性を追究したが、その構造は明治期の「大逆事件」にも共通するものがあると思われる。歴史的転機が構築されることで世論が操作され、時代の方向性が決められているプロセスを、権力側(特に内務省と文部省)の思想統制政策、新聞報道の詳細を検討することで、事件を構築した内実について、新たな研究成果を積極的に提示していきたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
2020年3月中旬に、研究協力者(6名)とともに調査の実施を2泊3日で計画していた。調査対象は、松本市立図書館、諏訪市立図書館、飯田市立図書館・飯田市立歴史研究所であった。ただ、拡大しつつあった新型コロナウイルス感染の影響で、閉館をする図書館も出始めたため、計画を中止せざるを得なかった。 2020年度の使用計画としては、主に4つの項目を予定している。①中止した調査を実施するための旅費とする、②調査し収集した資料の保存のためのスキャナーなどの機器を購入する、③収集した一次史料を筆耕するアルバイト人件費とする、④資料と論文を掲載した報告集を作成する。
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