研究課題/領域番号 |
18K02429
|
研究機関 | 関西大学 |
研究代表者 |
多賀 太 関西大学, 文学部, 教授 (70284461)
|
研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
|
キーワード | 家庭教育 / 歴史社会学 / 文化的再生産 / 私の履歴書 / 文化人 / 伝統芸能家 |
研究実績の概要 |
本研究課題は、自叙伝に基づいて、近代日本の「文化人」の職業的地位達成において、学校教育と学歴が果たしてきた顕在的かつ潜在的機能と、そうした達成を可能にした出自家族の意図的かつ無意図的な家庭教育の実態を明らかにすることを目的とする。 3年間の研究期間の2年目にあたる令和元年度には、大正期生まれの芸能家と芸術家計29人の手になる「私の履歴書」の分析を行った。自叙伝の記録から、①家族的背景(家族構成と出生順位、親の出自・職業、親の学歴、幼少期の暮らしぶり)、②家庭環境と家庭教育(当該職業に就くことに対する親の意向、家庭教育の様子、当該職業達成への家庭環境の無意図的影響)、③学校教育(本人の学歴、学校教育に対する家族の意向、当該職業達成への教育課程および学校生活の影響)を抽出し、各項目の類似性に基づいて帰納的に職業類型化を試みた結果、次のような輩出過程の特徴が明らかにされた。 「伝統芸能」界では、学校教育とは独立した職業教育制度と職業達成ルートが確立されており、親の学校教育への関心は最も低かった。「美術・西洋古典音楽」界では、職業達成ルートは学校制度の中にかなりの程度埋め込まれており、学校教育システム内部での当該職業に関わる能力を通した卓越が職業達成の要件となっていた。「大衆芸能・芸術」界での職業達成においては、学校のアカデミックな教育過程よりも、芸術科目、部活動、サークルなどの学校生活が意図せざる形で当該職業への志向やスキルを高める役割を果たしている様子がうかがえた。 さらに、「伝統芸能家」については、P.ブルデューの「経済資本」「文化資本」「社会関係資本」の概念を補助線として「非世襲型」「無意図的世襲型」「意図的世襲型」の別に各輩出過程を具体的に明らかにした。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の3カ年の計画および前年度末に立てた計画に照らせば、令和元年度は、計画通り進展した点、計画になかった成果や計画の前倒しで成果が得られた点、計画を変更した点、がそれぞれある。 計画通りに研究できた点は、大正期生まれの芸術家・芸能家の輩出過程の分析である。単に芸術家と芸能家というアプリオリな区分ごとに輩出過程の特徴を分析するのではなく、各事例の詳細な検討をふまえて帰納的に分析を行い、「古典芸能家」「美術家・西洋古典音楽家」「大衆芸能・芸術家」三者の間で輩出過程に特徴的な違いがあることを明らかにした。 計画以上の成果が得られた点は、「古典芸能家」内部においてさらなる輩出過程の多様性が詳細に解明できたことと、次年度の計画を前倒しして同時代生まれの経済人との比較考察が終えられたことである。 一方、計画を変更した点としては、大正期生まれの男性文化人のうち文芸家の分析をひとまず保留にしたことと、大正期生まれの女性文化人の分析を次年度に持ち越したことである。前者については、すでに先行研究においてある程度研究が行われていることから、ほとんど研究されていない芸術家・芸能家の分析を優先して行った方が生産的であると判断したためである。後者については、該当する女性文化人の人数が11名と少ないことから、先に男性文化人について類型化を伴う詳細な分析を行い、その後男性との比較により女性文化人をまとめて分析した方が効率的であると考えたからである。 以上より、今年度において本研究はおおむね順調に進行しているといえる。
|
今後の研究の推進方策 |
最終年度となる令和2年度には、①前年度に得られた成果のうちまだ論文化されていない大正期生まれの「美術家・西洋音楽家」と「大衆芸能・芸術家」の輩出過程を論文化、②前年度に分析できなかった大正期生まれの女性文化人の輩出過程の分析、そして③前年度の成果をふまえて新たな課題として浮かび上がってきた、同一「界」における輩出過程の時代ごとの変遷の解明、の3点を主な課題として研究を進め、学会発表および雑誌論文の形で成果を発表する。 特に3点目の課題については、大正期生まれまでの世代ではほとんど学校教育が重視されてこなかった伝統芸能界で、後の世代の職業達成において学校教育の位置づけがいかに変化したのかしないのか、また、大正期生まれの「一世」の美術家・西洋音楽家は当該職業をなりわいにすることを親から反対されるなかで職業達成を成し遂げたのに対して、後の世代、特に「二世」たちの輩出過程がいかなるものであったのかを探究する。 そして、集大成として、本研究課題における一連の成果と、研究代表者がこれまでに行ってきた近代・現代の日本の家庭教育に関する研究成果を総合し、日本の近代化の時代から後期近代に至る家庭教育と文化的再生産過程の変遷を包括的に描き出す単著の早期刊行を目指す。
|