研究課題/領域番号 |
18K02435
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研究機関 | 金沢大学 |
研究代表者 |
滝口 圭子 金沢大学, 学校教育系, 教授 (60368793)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 自然 / 生き物 / 日本の自然観 / 西洋の自然観 / 理科教育 / 科学技術 / 保育者 / 科学的リテラシー |
研究実績の概要 |
令和2(2020)年度は,(1)科学の保育実践の観察と協議に基づく要素の精緻化,(2)科学の保育実践の評価を目指した。(1)及び(2)については,新型コロナウイルス感染症拡大の影響を受け,K市内の保育所・園,幼稚園での保育実践の観察が不可能となったため,令和元(2019)年度までに得られた種々の記録に基づいて考察を進めた。科学技術と社会との接点を論ずる佐倉(2020)は,これからの日本の科学技術のあり方を展望し,① 一般社会のための科学のデザイン,② 匠の技や職人芸と科学との連合,③ 自然や生命との親近感(人工物と生命体とを重ね合わせて見る傾向)を指摘した。日本の西洋近代科学導入の歴史は,近世日本の自然観と西洋近代科学の自然観との折り合いをつける思想的格闘の歴史であったが,西洋近代科学が力学(機械論)を基本モデルとするのに対し,日本では儒教や仏教を背景にした自然観が主流であった。前者は,対象を細部まで観察し分解して分析する一方で,後者は部分ではなく全体を俯瞰する視点を提供する。佐倉(2020)が指摘するように,これからの日本の科学技術の発展をにらむ際に,日本ならではの自然観や生命観の自覚と活用が有用であるとするならば,幼児教育(更には小学校教育)において,西洋近代科学が強制する分析的な見方を促す教育のみならず,自然や生命の全体を瞥視し,調和的に受け取り読み取り,そして生み出そうとする教育も,(ある程度)計画的に構造化してくことが望ましいように思われる。そしてそれは,今を生きる幼児期の子どもたちが日常的に経験している思考と態度ではないのか。西洋近代科学の見方の体得を学習の最終目標とする教育においては,幼児(のみならず児童も)の科学的思考は未熟であると見なされ,一方向的な矯正を強いられる存在とならざるを得ない。日本の自然観と(日本の)幼児の(科学的)思考の関連性の解明が急がれる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
令和2(2020)年度の研究計画は,(1)科学の保育実践の観察と協議に基づく要素の精緻化,(2)科学の保育実践の評価であった。(1)及び(2)については,新型コロナウイルス感染症拡大の影響から,種々の調査の実施が見送られ,昨年度に続き遅延が生じた。令和2(2020)年度は,令和元(2019)年度までに得られた種々の記録に基づいて考察を進めた。まず,①「幼児を対象とする科学(教育)」と「小学校以降の児童生徒を対象とする理科教育」についてである。全ての幼児が各自で磁石を持ち,磁石がつく場所を探したり,各自で水槽を持ち,浮くものと沈むものを探したりする実践がある。理科と類似しているが,「先生(と教科書)が,唯一の回答を有し,先生(と教科書)の顔色を伺いながら,先生(と教科書)の回答を探る,ということをしなくてもよい」という点が,決定的に異なる。幼児は「自分の回答」と「自分たちの回答」を,状況が許す限り追究することができる。「科学」が,「科学の知識や技能を習得する」ことのみならず,「科学の対象に興味関心を喚起されながら(わくわくしながら)対峙する」姿勢を含んでいるとするならば,真に「科学する」ことができるのは,保育の場なのではないか。次に,②「興味関心の追究と自然に学ぶことの均衡」についてである。科学技術が人類にもたらした万能感に惑わされず,自然の一部としてどう生きていくのかを,立ち止まって考えることが求められている。幼児対象の自然体験活動においても,興味関心の対象について感じたことや考えたことを言葉で発信するよう促されることが多いが,「自然にただ浸る」という保育実践についても考えていきたい。その一方で,「なんで!?」「すごい!」と瞬時に沸き起こる感情も,抑えがたく自然なものであろう。保育者(や大人)には,幼児の反応をみくびることなく,大人の都合で統制しようとしない姿勢が求められる。
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今後の研究の推進方策 |
令和3(2021)年度は,これまでの成果を踏まえつつ,(1)科学の保育実践の観察と協議に基づく要素の精緻化,(2)科学の保育実践の評価に,改めて取り組む。(1)については,状況が許す限り,K市内保育所・園や幼稚園,認定こども園の自然体験活動に同行して,ビデオカメラを用いて記録を取る。また,K市内保育者により収集された保育における科学に関する実践事例を更に詳細に分析する。そうした作業を経て,「科学の保育実践の本質的な要素」及び「科学の保育実践が持ち得る意義」を追究する。(2)については,K市内保育所・園,認定こども園に在籍する幼児を対象に,自然活動や生き物の捉え方に関連する実験調査やインタビュー調査を実施する。また,K市内保育者を対象とする質問紙調査を実施し,科学の保育実践(あるいは自然体験活動)の評価に加え,保育者自身が有する自然活動や生き物に対する概念,科学教育に対する認識について明らかにし,保育者の有する(素朴)概念と科学の保育実践との関連性について分析及び考察することも提案される。令和元(2019)年度に続き,令和2(2020)年度も,新型コロナウイルス感染症拡大の影響を受け,種々の調査の実施を見送らざるを得なかった。そうした現状を踏まえ,令和3(2021)年度は,K市内保育所において,3,4,5歳児を対象とする横断研究を実施することを予定している。更に,K市内認定こども園の自然体験活動に同行し,該当園の3,4,5歳児を対象に,活動前後に実験調査及びインタビュー調査を実施することについて許可を得ている。本研究の目的を再確認しながら,現在生じている研究の遅延に対応する。また,日本心理学会,日本教育心理学会,日本発達心理学会において,研究発表(ポスター発表,口頭発表)の実施に加え,自主企画シンポジウムやラウンドテーブルを企画運営し,研究の成果を公表する予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウイルス感染症拡大のもとでの緊急事態宣言の発令を受け,該当期間は大学入構禁止措置がとられるなどし,研究の円滑な推進や論文の執筆が困難な状況であった。更に,保育所・園や幼稚園,認定こども園での実験調査やインタビュー調査を見送らざるを得なかった。また,成果の公表を予定していた日本教育心理学会第62回総会(2020年9月)への参加を取りやめた。加えて,日本発達心理学会第32回大会(2021年3月)に参加したが,オンライン開催であった。 以上の項目に関連して計上していた諸経費の使用が見送られた。令和3(2021)年度は,状況が許す限り,保育所・園や幼稚園,認定こども園での実験調査やインタビュー調査を実施する予定である。また,日本教育心理学会第63回総会(2021年8月)及び日本発達心理学会第33回大会(2022年3月)に参加し,成果を公表する予定である。その他,研究に必要となる資料の購入,論文執筆に要する諸費用の執行が考えられる。
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