本研究の目的は「育児における音楽使用が、子どもと養育者のコミュニケーション協創システム発達を促進するメカニズム」を明らかにすることであった。まず、5-6ヶ月児と母親を対象とした行動実験により、音楽と身体運動を共同で経験することが乳児の情動反応や母子の状態にもたらす影響について検討を進めた。養育者である母親が子どもに歌いかけたり音楽を共に聴いたりするような音楽を用いた育児場面では、子どもの鎮静傾向が維持されやすく、語りかける場面よりも母親によるリズミカルな揺動が多いこと、さらにCD音楽とそれに合わせた身体揺動を同時に経験することが、音楽と身体揺動いずれかの場合よりも鎮静化に高い効果を持ち、母子の自律神経系の活動状態が同期することを明らかにした。また乳児の音楽旋律のピッチパターンの処理は、6-10ヶ月の間に音楽と言語に共通する領域普遍的な処理から、領域固有の処理へと発達することが行動実験により示唆され、音楽のコミュニケーションツールとしての役割が言語と共通する音声コミュニケーションから分化していく可能性を示した。 次に、養育者としての父親のかかわりにも焦点を当て、家庭での音楽を使用した働きかけと子どもの反応について遠隔調査を実施した。8-9ヶ月児の父親と母親それぞれが、子どもを膝に抱いて指定の童謡曲を歌いかける場面を、家庭のスマートフォンで1ヶ月間に4回定期的に撮影した動画に基づき、歌いかけの音響的特徴、親子のリズミカルな身体動作のテンポとタイミング、子どもの情動的反応を分析した。この結果、父親の子どもへの愛着や子育てに対する自信、関わる量が歌いかけ時の身体動作リズムと関連する傾向、また父母ではテンポの特徴が異なる一方で、父親による歌いかけの音響特徴は回数を経て変化する傾向が明らかになった。
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