研究課題
参加型民主主義社会を支える市民的資質の育成をめざすシティズンシップ教育における要素としての認識と判断と行動をいかに結びつけるか,特に,道徳的判断や政治的判断を政治的行動にいかに発展させるかを明らかにすることを主たるねらいとする本研究において,本年度は,1)社会問題に立ち向かう市民像の整理,2)シティズンシップ教育へのアプローチ方法の整理,3)政治教育の先進事例の調査,の三点から研究を進めた。1)社会問題に立ち向かう市民像の整理:「参加・責任」「批判・公正」を鍵概念として,社会問題に立ち向かう市民像(社会問題を前にした市民の姿)を7つに整理した(積極的変革志向の市民,積極的保守志向の市民,積極的不参加志向の市民,象徴的参加志向の市民,個人的責任志向の市民,消極的不参加志向の市民,無関心な市民)。そして,「消極的不参加志向の市民」と「無関心な市民」を減らすことが,シティズンシップ教育における大きな課題であることを明らかにした。2)シティズンシップ教育のアプローチ方法の整理:「価値の扱い」(価値の創造・発展/価値の保持・伝達)と「内容の焦点」(社会とそのあり方/個人とそのあり方)を鍵概念として,シティズンシップ教育のアプローチ方法を4つに整理するとともに(社会的価値を創る,社会的価値を守る,個人的価値を創る,個人的価値を守る),これらの整理・分類が,現実的な課題に対するシティズンシップ教育においても有効なアプローチとなり得ることを明らかにした。3)政治教育の最新事例の調査:中等教育段階における政治的リテラシーの教育はいかにあるべきかを,政治教育の先進地と言われるドイツの中等学校における二つの授業事例を通して調査した。その結果,二つの授業事例は,ともに現実の問題を扱い鋭く直視しながらも,直接的な行動から一歩引き下がった分析的な授業となっていることが明らかとなった。
3: やや遅れている
研究は,「理論」「開発」「実践」「評価」の4つの研究を組み合わせて行い,研究期間の三年間を通して,以下のように研究を進めることとしていた。1)「理論」研究においては,シティズンシップ教育における政治教育と品格教育の内容や教科との関わりを,知識やスキルや価値観等の観点から整理する。2)「開発」研究においては,理論研究の成果をもとに,海外の先進事例調査等を踏まえ,社会科関連教科での実施を視野に入れた教材・学習プログラムを開発する。3)「実践」研究においては,開発した教材・学習プログラムを,附属学校教員の主導のもとに試行する。4)「評価」研究においては,3)の試行結果をもとに教材・プログラムを評価・改善し,発信する。特に第2(中間)年度は,理論研究における概念枠組みを確定するとともに,開発研究において政治教育・品格教育と学校教育全体との関連を検討するために,海外事例の調査を行い,シティズンシップ教育や品格教育の授業の実態を明らかにすることを目ざした。このうち理論研究においては,研究実績の概要に記したように,価値の性質と認識の対象を軸としたシティズンシップ教育アプローチの分類,「参加・責任」と「批判・公正」を鍵概念とした市民像の整理を行うことによって,理論モデルが概ね完成しつつあるなど,理論構築に一定の見通しを立てることができた点で,大きな成果があった。しかし,開発研究において行う予定であった海外事例調査が,ドイツにおける政治教育の調査のみとなってしまい,研究代表者,分担者,連携研究者の全員で行う予定でいた香港での学校調査が,昨年秋以後の暴動で実施直前に中止となり,また,再実施を試みた本年においてもCOVID-19蔓延による両国・地域間の渡航停止措置によって実施未達となり,予算面においても未消化な部分が残されたので,(3)「やや遅れている」とした。
研究最終年度に向けて,1)政治教育と品格教育を統合した理論モデルの提示,2)政治教育と道徳教育を結びつけた海外先進教育事例の調査,3)理論モデルにもとづく授業モデルの提示とその実践的検討を行う。1)政治教育と品格教育を統合した新しい教育モデルの提示: 例えば,「積極的変革志向の市民」と「社会(的価値)をつくるシティズンシップ」というように,社会問題に立ち向かう市民像とシティズンシップ教育のアプローチには共通点がある。そこで,両者の関係を整理しながら,「無関心な市民」や「不参加志向の市民」への対応も含めた新しい政治教育と品格教育を統合した理論モデルを提示する。2)政治教育と道徳教育を結びつけた海外事例の調査: 前年度実施できなかった香港での現地学校調査を香港教育大学の荘璟珉准教授の協力のもとに行う。3)理論モデルにもとづく授業モデルの提示とその実践的検討: 目下,喫緊の社会問題となっている新型コロナウィルス感染症拡大が提起するシティズンシップ教育課題を主題とした授業モデルを検討中。発症直前の数日間がもっとも感染力が強いという新型コロナウィルスの特徴が,緊急事態宣言に基づく社会のロックダウンを支持する「社会を守る」型の主張と「個人を守る」型の主張を強く結びつけているが,ここには二つの大きな問題が存在している。第一は,二つの主張の結合によって,「公共の福祉」に代表される社会道徳を重視する共同体主義的思考と,「個人の自由」に代表される個人道徳を重視する自由主義的思考が奇しくも結びついているように見えるが,本来は水と油の関係にある両者はいつまでその蜜月を続けることができるのかであり,第二は,社会や個人を守ることは果たして新型コロナウィルス感染症収束後の社会において,社会や個人を創造・発展させることにつながるかである。これらの課題を授業モデル化し,その有効性を検証する予定でいる。
研究代表者,分担者,研究協力者全員参加による,海外事例調査(実施場所:香港,海外研究協力者:香港教育大学 荘璟珉教授)を昨年秋に予定していたが,治安の悪化により学校が香港政府の指示により閉鎖されたので,実施できなくなった。また,年明けに予定していた再調査も,COVID-19対策としての両国-地域政府の指示により,両国-地域間の入出国が停止されたので実施できなくなったことで,旅費及び物品費(海外現地資料購入)に未使用額が生じた。次年度には,両国-地域間の入出国の停止が解除され次第,速やかに海外調査を実施する予定でいる。
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青山学院大学 教職研究
巻: 第6号 ページ: 229-241
社会系教科教育学研究
巻: 第31号 ページ: 51-60
京都教育大学 教育実践研究紀要
巻: 第2号 ページ: 141-149