研究課題/領域番号 |
18K02617
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研究機関 | 京都橘大学 |
研究代表者 |
水山 光春 京都橘大学, 国際英語学部, 教授 (80303923)
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研究分担者 |
吉村 功太郎 宮崎大学, 大学院教育学研究科, 教授 (00270265)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | シティズンシップ教育 / 政治教育 / 道徳教育 / 品格教育 / 社会参加 / 社会問題 / 市民像 |
研究実績の概要 |
前年度までに明確化した「社会問題に立ち向かう市民像」をもとに,1)道徳的判断と政治判断を結びつける教育としての「民主主義」についての検討,2)二つの判断の統合が特に求められるグローバル・シティズンシップ教育の次元での具体的な事例の検討,3)授業化のための発達段階に配慮した授業モデルの検討の三点から研究を進めた。 1)政治ではなく「教育」としての民主主義の視点から,主にJ. Deweyのシティズンシップ教育観に立ち返って検討した。Deweyに即すれば,シティズンシップ教育は,社会を構成する人々が共有された共同の関心を持ちつつも,それがより多様な方向に向かう自由を尊重しつつ,そのための慣習や制度やシステムの多様で自由な接触と調整のもとでの,個々人の多様性と自由を保障する計画的・経験的な営みであること。また,その実現のためには,変化を恐れることのない多様で自由な相互作用が鍵となることを明らかにした。 2)今日の世界で,若者たちが政治的に最も困難な状況に置かれている地域の一つである「香港」を事例とし,オンラインによる国際シンポジウムを日本シティズンシップ教育学会と共催した。シンポジウムを通して香港では,公民的・政治的な内容を最小限に抑え,人権や民主主義といった価値観を周辺化するシティズンシップ教育が主流になりつつあること,そのような教育に対抗するためには,教授学としての概念と方法を明確化する必要のあることが示された。 3)前年度の成果を学術論文にまとめるとともに,社会問題に立ち向かう6つの市民像(「積極的変革志向の市民」など)と,それらを育成の指標とする発達段階(小中高大,成人)の関係を整理した。併せて,アウトプットに着目した授業の観点を,コミットメント(関与),コンフリクト(衝突),アスペクト(局面)の三つに整理した。これらの作業によって具体的な授業モデル作成の準備をほぼ終えた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
研究は「理論」「開発」「実践」「評価」の4つのステージを組み合わせて行い,以下のように進めることとしていた。1)「理論」研究においては,シティズンシップ教育における政治教育と品格教育の内容や教科との関わりを,知識やスキルや価値観等の観点から整理する。2)「開発」研究においては,理論研究の成果をもとに,海外の先進事例調査等を踏まえ,社会科関連教科・主題のもとでの実施を視野に入れた教材・学習プログラムを開発する。3)「実践」研究においては,開発した教材・学習プログラムを,附属学校教員の主導のもとに試行する。4)「評価」研究においては,3)の試行結果をもとに教材・プログラムを評価・改善し,発信する。 ちなみにこれまで,1)については,価値の性質と認識の対象を軸としたシティズンシップ教育アプローチの分類,「参加・責任」と「批判・公正」を鍵概念とした市民像の整理,目標としての市民像と教育としての発達段階(小中高大,成人)の関係の整理,アウトプットに着目した授業の観点(コミットメント,コンフリクト,アスペクト)の整理等によって,具体的な授業モデル作成にほぼ見通しをつけるとともに,これらの成果については,その一部を学術雑誌(「シティズンシップ研究」)に発表した。 しかしながら,当初,開発研究において予定していた,主題としてのグローバル・シティズンシップに関する資料収集のための海外事例調査・インタビュー,及び国内附属学校等での学習プログラムの開発,試行,評価研究が,COVID-19蔓延防止のための海外渡航制限,並びに国内小・中学校,高校における入校禁止措置等によって実施できなかった。また,上記3)の実践研究が未達成になることで,予算面でもかなりの未消化額を残すこととなった。以上,当初の3年間で研究を終えることができず,次年度に持ち越しとなったので,(4)「遅れている」と評価した。
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今後の研究の推進方策 |
研究最終年度に向けて,1)政治教育と道徳教育を統合した理論モデルの確定,2)政治教育と道徳教育を結びつけた国内外の先進教育事例との比較を通した本研究の意味づけ,3)理論モデルにもとづく授業モデルの提示とその実践的検討を行う。 1)政治教育と品格教育を統合した新しい教育モデルの確定: これまでの研究から,シティズンシップ教育の前提となる社会が民主主義であるということは,社会を構成する人々が,共有された共同の関心を持ちつつも,それらの関心がより多様な方向に向かい得ることを意味し,そのためには制度やシステムや慣習の変化を恐れず許容する必要があること。また,その変化の中で目ざすべき方向性を見失わない,換言するならば,シティズンシップ教育を形骸化させないためには,概念アプローチを採ることの教授学的な重要性が明らかとなったので,これらの点を踏まえた授業モデルを作成し,確定する。 2)政治教育と道徳教育を結びつけた国内外の実践事例の調査及びインタビュー: デモクラシーや(ナショナル)アイデンティティと,寛容を重んじるリベラリズム,並びに権威を重んじるパターナリズムの関係がシティズンシップ教育の中でどのように捉えられているかを,香港教育大学の荘璟珉博士の協力のもとに検討するとともに,国内における関連実践を発掘する。 3)理論モデルにもとづく授業モデルの提示とその実践的検討:1)の理論モデルと2)の先行研究や事例の批判的な摂取に基づく授業モデルを作成し,できれば授業実践にかけてその有効性を検証する(なお,今年度もコロナ禍の影響により授業実践が不可能な場合にはモデル作成に止める)とともに,一連の成果を関連学会等において発表する。
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次年度使用額が生じた理由 |
研究代表者・分担者・研究協力者共同による海外事例調査・インタビュー調査(実施場所:香港,海外研究協力者:香港教育大学 荘璟珉博士)を複数回,予定していたが,新型コロナウィルス(COVID-19)感染症対策としての両国・地域政府の指示により,両国・地域間の出入国が停止されたり,渡航前後に両国・地域での一定期間の隔離などの制限が加えられた。また,日本国内においても,同様の感染症防止対策から,外部者の学校訪問が許可されなかったり制限されたために,学校訪問調査や付属学校等を用いての開発研究や実践研究が円滑に実施できなかった。以上の理由から,予定していた旅費及び物品費(資料購入費や教材作成費)に未使用額が生じた。 次年度には,コロナウィルス感染症対策に目処がつき,両国-地域間の入出国手続きが緩和され次第,速やかに海外調査を実施するとともに,国内における学校現場での開発・実践研究を行う。 また,次年度においても海外調査が困難な場合には,本年度と同様にwebによるオンラインでのシンポジウムやワークショップに切り替えて行うことも視野に入れている。
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