本研究の課題の一つは「東アジア」に視座を置きながら戦後史学習のあり方を問いなおすことにあった。特に、従来の歴史教育でほとんど扱われることのなかった「済州島4・3事件」、「台湾2.28事件」を取り上げ、資料収集を進めながら教材化を進める予定であった。しかしながら、新型コロナウィルス感染症の影響を受けて、本年度も海外調査を実施することができなかった。そのため、「東アジア」の視点を掘り下げることは一旦断念し、もう一つの焦点である中高生の生活現実に即した学習論の構築という課題に焦点を定め、研究活動を推進した。 その際、まず新学習指導要領が掲げるコンピテンシー論に焦点をあて、その可能性と限界について検討を深めた。そして、コンピテンシーの意味が記号操作や情報処理に矮小化されがちであることを批判的に吟味しつつ、これまでの研究活動を通じて究明してきた「生存」の視点から子どもたちの「生」(生活・人生)と接点を持たせた内容開発を進めなければならないことを確認した。例えば「教育」や「就職・労働」、「災害」、「食」といった視点から歴史を生きた具体的な人々の「生」と向き合わせる教材論である。他方で、「現在」を照らし返す点に歴史を学ぶ本質的な意義があることを前提にしつつ、現代日本社会を特徴づける一つの視点として「包摂と排除」に着目し、そこから「現在」と「歴史」を往還する回路を拓く可能性を探った。そして、上述の2つの視点を交差させることで、生徒たちの「生」と有機的に結びつき、現在を新鮮な視点で捉え返すことのできる歴史授業論が確立しうることを究明し、その理論的思索の成果を学術書にまとめた。 また、2022年2月に研究分担者・協力者と総括的研究会を行い、4年間の研究成果と今後の研究の方向性を確認した。このほか中高生向けの大学・研究案内サイト「こんな研究をして世界を変えよう」に研究成果の一部を紹介した。
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