研究課題/領域番号 |
18K02663
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研究機関 | 大阪教育大学 |
研究代表者 |
石橋 紀俊 大阪教育大学, 教育学部, 教授 (50274999)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 比喩表現 / 象徴表現 / コンテクスト / 認知的プロセス |
研究実績の概要 |
詩を読解する際、詩的感覚や詩的想像力に拠る面が大きいことは否めない。詩教育においてこの点を重視することは十分あり得ることである。ただし本研究は、そのような方向ではなく、あくまでも詩の読解の認知的側面を重視し、認知的プロセスにおいて詩を理解する方法の構築を目指すものとなる。 その一環として、明治30年代を代表する詩集と言える土井晩翠『天地有情』に注目し、昼夜の循環が四季の循環に包摂され、さらにその上位に宇宙的時間が組み込まれるという時間の三層構成を明らかにした上で、人間的な叙情が自然的・宇宙的叙情に浄化されることを作品のテーマとして導いた。この試みは、時間や自然等に関わる豊かな表現効果やテーマを語彙のつながりやイメージの連鎖において捉え、個々の詩篇を越えた詩集全体のコンテクストを再構築する実践だったと言える。さらに近代詩史的考察を加え、同時代の詩集となる島崎藤村『若菜集』と比較しながら、『若菜集』に比べ必ずしも評価が高いとは言えない『天地有情』の再評価を試みた。 また、コンクリートポエトリー研究では、新国誠一の作品「位置」と草野心平の作品「冬眠」との共通点と相違点を証した上で、草野「冬眠」のさらなる読解を試みた。草野の「冬眠」は黒丸記号「●」のみを書き記す作品であるが、単なる記号に過ぎない「●」が詩作品として成立し、読解可能となるためのコンテクストを捉え、それを認知するプロセスを新たな詩教育の具体的な方法の一つとして位置づけた。これらの点については、単著論文「草野心平「冬眠」の詩作品/詩教材としての可能性―コンクリートポエトリーと詩的記号、あるいは相互テクスト的関係をめぐって―」にまとめた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
詩の読解において感性的・情緒的側面に拠るのではなく、認知的プロセスに立脚する読解法の構築のために、言語学的観点に基づくコンテクストの機能を重視しながら具体的な詩作品の読解に取り組み、その一端を詩教育の方法、及び詩教材の開発につなげた点で進展があった。 具体的には、土井晩翠『天地有情』や草野心平「冬眠」、新国誠一「位置」の読解を試み、詩読解におけるコンテクストの機能、及びそれを認知するプロセスの重要性を明らかにできたこと、さらには単著論文の中で草野「冬眠」の新たな読解の方法を具体的に示し、「冬眠」の詩教材としての可能性を再評価できたことが成果と言える。 ただし、言語の意味生成におけるコンテクストの機能は一様ではあり得ず、コンテクスト以外の要因も多面的に関わる。また、言うまでもなく詩表現自体も多様である。これらの点を踏まえ、詩を認知的プロセスにおいて理解する具体的な方法論のさらなる精緻化が今後の課題となる。
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今後の研究の推進方策 |
詩における比喩表現や象徴表現は幅広い広がりを持ち、理論的にも、文学研究にとどまらず多様なアプローチが試みられている。詩の読解とコンテクストとの関係をさらに明確にするために、言語理論的研究を進める。 また、文学史的な研究を進めるための観点として、例えば大正期を代表する詩人で象徴主義的傾向をもつ大手拓次を取り上げ、拓次の具体的な比喩・象徴表現の可能性を探究し、明治から大正にかけての表現史的流れのなかで再評価を試みることが有効である。 コンクリートポエトリー研究では、言語の物質性を活字・印刷技術と関連させる必要がある。それはコンクリートポエトリーをタイポグラフィとして捉え直す可能性を具体化することにもなる。そのための文献・資料収集等の基礎的作業に取りかかる。 さらにその試みは、日本を代表する前衛詩人萩原恭次郎の詩読解にも有効である。一読難解な萩原作品もタイポグラフィとして読解すれば理解可能となり、そのプロセスを明らかにすることは、詩教育において多面的で柔軟な思考を養成することにも寄与する。この点を「主体的・対話的で深い学び」に結びつけ、文学教育に留まらない学際的で総合的な学習に向けた実践として方法化することも有意義な試みとなる。 加えて、免許更新講習の機会を通じて、本研究の成果を還元しながら現職の先生方の日々の実践と結びつけることも有効である。
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次年度使用額が生じた理由 |
経費の中で物品費については、主に関連図書の購入に充てたが、古書購入では在庫の有無等により購入予定額と実際の購入額に若干の差額が生じたこと、また、その点を踏まえながら最終的に執行額が超過しないよう金額に多少の余裕をもって図書の発注をしたこと等の理由により差額が生じた。 次年度は文献・資料収集のための旅費を主とし、詩研究に関する図書の追加購入等も行う。
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