近年,行動データや脳活動データなどの分析において,その背後にある心的過程・計算過程を表現したモデルを用いる計算論モデリングが盛んに行われている。計算論モデルには少数のパラメータで行動の特徴を記述することが可能であり,例えば行動から精神疾患の背後にあるプロセスの特徴を推定できる,また,それに対応した活動を示す脳部位を同定できるという特長がある。しかしながら現状では,モデルのパラメータがどのような行動や脳活動の特徴を反映しているか理解されないまま使われることが多く,分析結果が反映するものと研究者の理解に解離が生じている可能性がある。本研究計画では,計算論モデルと統計モデルの関係を検討し,計算論モデルでとらえられるデータの統計的構造を解明することで,計算論モデルにより真の行動の特徴をとらえるための理論的基盤を構築することを目標とする。 最終年度にあたる2020年度では,前年度までに検討した計算論モデルと統計モデルの関係に関する知見をもとに,選択課題における実際のヒトの行動データを分析し,その背後にあると考えられるプロセスを詳細に検討した。まず,従来研究では学習の非対称性を持つ計算論モデルが適していると報告されていたギャンブル課題におけるデータを分析対象とした。その結果,その行動の特徴は学習の非対称性よりも,同じ選択を繰り返す固執性と呼ばれる傾向としてとらえる方が的確であることが明らかとなった。また,強化学習と統計モデルを用いた脳機能画像データの解析などにおいて,強化学習の忘却の過程を考慮していない従来研究で用いられていたモデルでは,見かけ上のうつ病患者と健常者の脳活動の違いが観測される可能性を理論的に指摘した。本研究の一連の成果は,これまでの計算論モデルを用いた研究で得られてきた知見に見直しを迫るとともに,より的確な計算過程をとらえるための枠組みを提示したものといえる。
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