研究課題/領域番号 |
18K03285
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研究機関 | 上智大学 |
研究代表者 |
辻 元 上智大学, 理工学部, 教授 (30172000)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | ケーラー多様体 / リッチ流 / 断熱極限 / 複素モンジュ・アンペール方程式 / 極小モデル / 森理論 / 正閉カレント / 乗数イデアル層 |
研究実績の概要 |
コンパクト・ケーラー多様体上のケーラー・リッチ流に対して、その時間大域的な特異解の存在を研究しました。その結果、標準束が擬正という非常に一般的な仮定の下で、時間大域的な正カレント解の存在を証明することが出来ました。証明の要点はDemailly-Paunによるコンパクト・ケーラー多様体上の正カレントの平滑化理論を用いて、代数多様体における小平の補題に当たるものを構成し、それを複素モンジュ・アンペール方程式の2階微分の評価の重みつき評価に用いるものです。2階微分の重み付き評価は、代表者が1980年代に独自に発見したものです。このケーラー・リッチ流の特異解の大域的存在定理は、射影代数多様体の場合はスケール付き極小モデルの構成と本質的に同じもので、そのコンパクト・ケーラー多様体上への広範な一般化と見なすことができます。このケーラー・リッチ流をコンパクト・ケーラー多様体のケーラー族について考えることもできますが、この場合、ケーラーリッチ流の連続性を保障するのは意外にも難しい問題で、解析的にはL^2拡張定理に当たるものを正閉カレントについて考えることになります。しかし、これは現状では難しいので、各ファイバーの管状近傍の上でケーラー・リッチ流を考え、その半径を縮めることにより、一種の断熱極限を考えることができることに気付きました。この断熱極限については滑らかなケーラー族での連続性が証明できることが分かりました。このような構成法を用いると、コンパクト・ケーラー多様体の平坦族の上にケーラーリッチ流の連続的な族が構成され、しかもそれが特異ファイバーまで伸びることが分かります。これは今後応用があるものと見込まれます。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
コンパクト・ケーラー多様体の標準環の解明を研究目標にしてきましたが、この問題はコンパクト・ケーラー多様体の極小モデルを構成し、その標準環の有限生成性を証明することに帰着します。その極小モデルの構成を所謂、森理論を使って構成するというのが、射影代数的な場合の証明ですが、コンパクト・ケーラー多様体の場合には、森理論に当たるものが少なくとも現在のところ存在していません。そこで考えられるのは森理論のように直線束とその線形系を使って極小モデルを構成するという方法ではなく、直線束の代わりに正閉(1,1)カレントを用いることは出来ないかということが考えられます。今回、構成したコンパクト・ケーラー多様体上のケーラー・リッチ流の正閉カレント解は正にその(1,1)カレントを具体的に与えるものです。問題は線形系に当たるものが何なのかということで、これは今後解明しないといけません。このようにまだまだ課題はあるとはいえ、今まで糸口が見えなかったコンパクト・ケーラー兆体の標準系の研究に糸口を見出さたことは大きな出来事だと思います。
これについては正閉(1,1)カレントの定める乗数イデアル層がどのようなものであるかということが問題になりますが、これは恐らく局所的には射影代数的な場合と同じである、つまり正閉カレントの表す元のコンパクト・ケーラー多様体の改変は、局所的に射影射で表されるものと期待されます。
このようにコンパクト・ケーラー多様体の場合の極小モデル理論の一応の枠組みはケーラー・リッチ流を用いると構成出来ている訳で、今後、このケーラー・リッチ流を詳しく解析することで、コンパクト・ケーラー多様体に関する極小モデル理論を構築することは有望であると考えられます。
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今後の研究の推進方策 |
研究の推進方法については、勿論、個人で研究することが中心になる訳ですが、この分野の別の研究者との研究連絡、研究上のディスカッションが必要です。今年は多変数関数論葉山シンポジウムが対面で開催される予定であり、今年は特にベルグマン核関係の研究者を海外からも多く招聘することになってますので有益な情報を得ることができるものと期待しています。また私自身、そこでコンパクト・ケーラー多様体の上の極小モデル理論について、講演を行う予定です。
年度後半には今年招聘されていたフランスでのDan Popoviciとの共同研究を行いたいと考えています。彼は主に非ケーラー多様体の研究を行っていますが、本研究課題の自然な一般化としてモイシェゾン空間やクラスC多様体上の極小モデル理論も考えられ、こういった課題について共同研究を進めたいと考えています。
また、コンパクト・ケーラー多様体の族に対する極小モデル理論は非常に興味深いものでケーラー・リッチ流の解の変動をコンパクト・ケーラー多様体のケーラー族の上での多重劣調和変動性の解明を行いたいと考えています。これは長年の懸案である、コンパクト・ケーラー多様体のケーラー族に関する多重種数の変形不変性に道を開くことが期待されるものです。この課題については射影多様体の場合は代表者の研究により、既に多重劣調和変動性が証明されていますので、今後の研究によりケーラー多様体の場合に一般化されることが期待されているところです。
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次年度使用額が生じた理由 |
コロナ禍のため出張予定、セミナー^などが全てオンラインになり、旅費が必要なくなりました。国内出張もほとんどがオンラインになったため十分な研究連絡ができませんでした。 今年に関しては、多変数関数論葉山シンポジウム、複素幾何シンポジウム、フランス、パリ第7大学やToulouse大学への出張を計画しています。
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