研究課題/領域番号 |
18K03401
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研究機関 | 学習院大学 |
研究代表者 |
樋口 雄介 学習院大学, 理学部, 教授 (20286842)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | グラフ理論 / 離散大域解析 / スペクトル幾何 / ラプラシアン / 酔歩 / 状態密度函数 / 量子ウォーク / 脳内辞書ネットワーク |
研究実績の概要 |
グラフ上の作用素のスペクトルとグラフの持つ離散幾何構造の関係性の解明が本研究の主たるテーマとなっているが,ここで扱っている作用素は,歴史のあるいわゆる酔歩(以下,古典酔歩と呼ぶ)に付随するもの(いわゆる,ラプラス作用素)と,昨今精力的に研究されている量子ウォーク(以下,量子酔歩と呼ぶ)に付随するもの(ユニタリ作用素)となっている.古典酔歩の共鳴状態に関する情報も持ち合わせているものが量子酔歩であろう,という我々の感触の正当化へ向けたさらなる一歩として,今年度は両者においてそれぞれの新しい側面を解析した.まず,古典酔歩に関しては,既存の「隣接行列」の要素を複素化したとして昨今登場した「ユニタリ隣接行列」という概念に対して,実は既存の「磁場つきラプラシアン」として定義されているものと本質的に同じものであることを主張し,議論されている「ユニタリ隣接行列」の性質のほとんどは「磁場つきラプラシアン」に対する我々を含めた研究者達の既存の結果から得られることを示した.ただ,以前は注目しなかった考察対象,たとえば「2部性を持たないグラフに対して,スペクトルが対称になるユニタリ隣接行列はどのくらい存在するか」という提示に対して,磁場を用いた特徴付けで無限個のグラフと行列の組を構成するという解決を与えた.一方,量子酔歩に関しては,瀬川氏(横国大),Sabri氏(東北大)らと,共鳴状態を解明するべく設置した以前からの量子散乱モデルにて,時刻毎に“常に一定量”の波を入射しつづけるという条件を,時刻毎に固定した大きさ1の複素数倍した波を入射するという条件に一般化したものを考察対象とした.固定した複素数が1のときは以前の我々の結果に対応するが,今回はその複素数が-1のときの詳細な解析,および,一般の複素数に対する解析を行い,それらの比較を通して直観とは相容れない現象を明示することができた.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
昨年度は年度の後半には研究打合せなどの出張が従来のように活発に行えるだろうとCOVID-19の終息に関して楽観的な目測を持っていたため,いわば終息を待つことに専念した形となり,理論構築も応用面の発展も計算機での実験もどれも比較的中途半端になってしまった感があった.その反省を活かして,今年度は昨年度と比べて「悲観的な目測」の下で,理論構築が主体である本研究においては研究打合せと並んで欠くことのできない要素である計算機実験の環境構築にいささか多くの時間を割いた.たとえば,手計算では困難な具体例に対応するための数値計算を手持ちのPCで行いつつ,本格的実行などに安定した計算機の導入を実行し,それによって研究打合せの議論に登場した具体的モデルの数値計算解析も行うことができた.従来通りのような活発な対面での研究打合せは状況が許さず出来なかったものの,遠隔手段に慣れたためか昨年度よりも集中かつ実りのある議論が重ねられたといえる. COVID-19のため仕方ないとはいえ,対面での研究会参加や研究打合せの大幅な減少は,得られる情報や知見の減少を意味しており,あわせて「脳内辞書ネットワーク」の数学的アプローチにむけた実験などという応用面への挑戦に関する準備は依然滞ったままである.しかし一方で,今年度に関しては古典酔歩・量子酔歩とグラフの幾何構造の関連の解析に関して新たな知見が多く得られた.総じてみると,研究期間全体を通すと当初の目標レベルに到達しているとは言い難いため,当該研究テーマの進捗状況としては遅れている言わざるを得ないことは事実であるが,主たる理論面の構築は着実に前進していることを考慮すると,それほど悲観するレベルではなく「やや遅れ」程度であると判断している.
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今後の研究の推進方策 |
量子応答問題として提起したモデルでの条件を一般化した上で,その定常状態に対するより詳細な情報を取りだしていく.より詳細に述べると,固定した大きさ1の複素数と,有限グラフにいくつかの経路(無限パス)を接続したものに,その経路から“時刻毎にその複素数倍した量”の波を入射しつづけるモデルを対象とする.いわば,有限グラフが内部対象物体であり,ある周波数の波を入射しつづけて,無限パスが散乱経路になった散乱モデルともいえる.たとえば入射が固定した場合,つまり固定した複素数自体が1であるときは,当該研究期間で以前に対象として考えたものであり,一方固定した複素数が -1 のときは,いわば矩形波を入射波としたものと考えられる.ここで長時間経ったときの定常状態の存在は我々の既存の結果からすぐに得られるが,そのときに「内部に溜ったエネルギー」がグラフの幾何でどう表現されるか,同時に,そのエネルギーが入射の周波数によってどのように変化していくのか,さらには,内部エネルギーを最大もしくは最小にするためには,内部対象物体であるグラフの幾何や散乱経路である無限パスの本数や接続箇所と周波数をどう制御していくか,などについて詳細に調べていく予定である.この解析過程において量子酔歩に付随する量子アルゴリズムも意識するが,グラフの幾何を反映する酔歩に付随する離散ラプラス作用素のグリーン函数や共鳴状態・状態密度函数も同時に解析していくこととなる. 基本的な研究推進方策は従来と変わることはなく,当該研究を発展させるためにも,多様な分野の研究者との交流による新たな刺激や情報の入手が必須となり,そのために研究集会や研究打合せに参加していくこととなる.ただし,従前のような活発は出張が出来るようになるまでは,つまりCOVID-19が終息するまでは,研究者たちとの交流をZoomなどの遠隔ツールを活用した形態で維持していく.
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次年度使用額が生じた理由 |
<理由> 2020年度は年度内でのCOVID-19の終息を期待した使用計画を立て,ゆえに多額の未使用額が生じたが,今年度は年度内には完全な終息はないことを前提とした計画,たとえば旅費を控え目に設定し計算機実験にかかわる環境の整備に多少重点を置くとした計画を立てて実行したために,当該年度に関してはほぼ予定通りの使用額となった.あわせて,年度内にCOVID-19が終息したときには,2019年度末から中止になった対面での研究打ち合せを埋めるべく,議論のための出張および招聘を集中的に行うことも目論んでいたが,残念ながらそれは叶わなかった.よって今回生じた次年度使用額のほとんどは2020年度の未使用額となっている. <使用計画> 昨年度と同様にCOVID-19の影響に関して楽観的になりすぎず,とはいえ社会活動の活性化は奨励されていることを鑑みて,対面での研究会参加および研究打合せのための出張を復活させていくことを考えている.また具体例を俯瞰することから新たな着想に繋げるためにも,非常に大きな頂点数を持つ有限グラフ上の古典および量子酔歩の時間発展の様子を計算機で実験することも重要であり,今年度少しずつ構築した環境をさらに充実させる予定である.なお年度内にCOVID-19に関する縛りが消滅したら,精力的な出張で今回生じた次年度使用額は消化できると考えている.
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