研究課題/領域番号 |
18K03407
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
瀬野 裕美 東北大学, 情報科学研究科, 教授 (50221338)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 数理生物学 / 感染症 / population dynamics / 数理モデル / 時間スケール / 基本再生産数 |
研究実績の概要 |
本研究課題は,異なる時間スケールをもつ複数のプロセスの関係により現れる生物個体群ダイナミクスの特性を理論的に議論するための数理モデルの構造について検討し,従来の数理モデルによる理論に新しい見方を提示することを目的とするものである。平成30年度には,感染症の伝染ダイナミクスにおける異なる時間スケールをもつ複数の過程の数理モデリングにより,感染者数の時間変動ダイナミクスに関する合理的な数理モデルを構築し,感染症の流行,感染規模などについての解析を行いながら,従来の数理モデルとの構造の比較,解析結果の対比を通して,数理モデリングにおける時間スケールの違いの導入がどのように数理モデルの構造に関わるかについて検討してきた。感染症伝染ダイナミクスを成す過程として,時間スケールの異なる重要な過程要素には,感染者数の時間変動,感染者の状態変化,感染経路に関わる分散病原体の密度変動が挙げられる。病原体媒介者を要する場合には,媒介者個体群の密度変動も重要である。本年度では,病原体や汚染物質の拡散と感染者数変動の時間スケールの違いを考慮した数理モデルを構築し,その解析を行なった結果を論文にまとめ,国際論文誌に投稿した。当該論文では,時間スケールの違いによって,従来の古典的数理モデルでは現れない性質が現れ得ることを理論的に示した。 また,この研究に関連する感染症伝染ダイナミクスに関する新しい課題として,人間の行動特性が感染症の伝染拡大に及ぼす影響についての問題の1つである,蚊が媒介する感染症の拡大に対する防虫剤の普及とその効果に関する数理モデルを構築し,解析を進めている。本質的に,蚊の繁殖に係る時間スケールと感染症の拡大のそれとは異なり,数理モデリングにおいては,これらの時間スケールの違いをどのように合理的に数理モデルに組み込むかが重要であり,まさに本研究課題に関わる問題である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の計画通り,初年度では,感染症伝染ダイナミクスにおける異なる時間スケールをもつ複合的プロセスによる特性についての数理モデル研究を潤沢に進めることができた。また,翌年度の研究展開に向けての新しい課題の設定,その課題への取り組みも順調に進めつつある。
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今後の研究の推進方策 |
初年度の研究進行において,感染症伝染ダイナミクスに関する新しい課題として,人間の行動特性が感染症の伝染拡大に及ぼす影響についての問題の1つである,蚊が媒介する感染症の拡大に対する防虫剤の普及とその効果に関する数理モデルを構築し,解析を進めている。これは,インドネシア大学数学教室のDipo Aldila氏との共同研究課題でもある。本質的に,蚊の繁殖に係る時間スケールと感染症の拡大のそれとは異なり,数理モデリングにおいては,これらの時間スケールの違いをどのように合理的に数理モデルに組み込むかが重要となる。Aldila氏とは,この点について議論を進めてきており,たたき台となる数理モデルの構築とその準備的解析を進めつつある。本研究テーマにおいては,感染症の伝染に対する防疫施策の理論的考察が課題となり,それは,本研究課題の当初に予定していた研究ステップとも合致しているので,本研究テーマへの取り組みを漸次進めていく予定である。数理モデル解析においては,非線形力学理論の応用と併せて,コンピュータによる数値計算も活用して行う。 また,上記の研究テーマに関連して,人間集団における感染症伝染ダイナミクスについては,集団の不均質性が重要な因子であることは明白ながら,年齢構造による不均質性以外の社会的不均質性の寄与について理論的に論じられた従来の数理モデル解析は決して多くない。本研究課題において重要な焦点となる,異なる時間スケールを持つ複数の過程から成る構造という観点から人間集団を捉える数理モデリングはそのような数理モデル解析である。継年度における研究においては,人間の行動特性と感染症の伝染拡大のもつ時間スケールの違いに着目しつつ,当初の計画通り,数理モデル構築,その解析を進め,新しい数理モデリングの課題を整理し,提示してゆく予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
初年度の研究課題の遂行においては,合理的な数理モデリングについての検討と非線形力学理論を応用した解析的な数理モデル解析による議論が主たる内容であった。このことは決して,解析的な数理モデル解析のみで十分という意味ではなく,対象となる数理モデルは非線形性の強い系であるため,数理生物学的に十分な考察を行うためには,コンピュータによる数値計算が必須となる。しかしながら,上記の通り,初年度においては,解析的な数学手法を主に用いた研究となり,数値計算を適用する段階が後回しになった。このため,数値計算補助に係る謝金の支出がなかった。また,関連して,予算計上していたソフトウェアの導入などの物品購入も翌年度に繰り越しており,これらが次年度使用額として生じている。既述の通り,研究遂行に係るこれらの費用については,研究遂行上必要なものであり,本年度から引き続く研究過程において支出されるべき予算として使用する予定である。
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