本研究課題は,異なる時間スケールをもつ複数のプロセスの関係により現れる生物個体群ダイナミクスの特性を理論的に議論するための数理モデルの構造について検討し,従来の数理モデルによる理論に新しい見方を提示することを目的とするものである。令和3年度まで,感染症の伝染ダイナミクスにおける異なる時間スケールをもつ複数の過程の数理モデリングにより構成された,感染者数の時間変動ダイナミクスに関する合理的な数理モデルの解析を行いながら,時間スケールの違いの導入がどのように数理モデルの構造に関わるかについて検討してきた。最終年度では,とりわけ,感染症の蔓延状況についての情報伝搬が人々の振る舞いに及ぼす影響により,感染症の伝染ダイナミクスが変質し,その結果として,感染症伝染の終息・再興の可能性がどのように変化するかについての基礎的な数理モデル研究を進め,その研究成果をとりまとめた。現代,感染症の伝染ダイナミクスの時間スケールと感染症蔓延状況についての情報伝搬の時間スケールは後者の方が短い,すなわち,後者の過程の方が速いと考えることができる。よって,感染症に関する情報伝搬が社会に及ぼす影響は,感染症伝染ダイナミクスの特性を理論的に議論する上で重要な因子である。基礎的な数理モデルのこれまでの解析により,そのような情報伝搬による社会応答が感染症蔓延における衰退と再興の繰り返し現象の機序として重要な役割を果たしている可能性が示唆される結果が得られた。研究期間全体を通じて実施した研究においては,ヒト集団における感染症の伝染ダイナミクスがヒト集団の集団行動に依存する特性をもつことに焦点を当て,新しい数理モデリング,数理モデルによる理論研究の課題を提示することができた。
|