本研究課題の目的は、システム内在的な異なるレベル間の関係の在り方の数理的研究を行うことで、複雑系の作動原理の理解を深めることであった。具体的には、(a)ネットワーク上のダイナミクスと情報流、および(b)圏論的ネットワーク理論の内在的展開、という二つの課題に取り組んだ。
(a)について、ブーリアンネットワーク上の局所情報流の最適化によるブール関数の安定化により、実際の生物の遺伝子調節ネットワークでしばしば観測されるcanalyzing関数の特別な場合が選択され、このときネットワークは必ず臨界的になることを示した。(b)について、ネットワークの頂点をプロセスとみなすことを圏論的に定式化した「内側から開いたネットワーク」という観点から導かれた側方経路概念を用いて、頂点の入力/出力としての重要度を測る媒介中心性の指標を導入した。本指標を実際の生物ネットワークに適用し、また従来の指標との比較も行い、従来の指標では捉えがたい側面を明らかにできることを示した。
さらに、(a)に関連してレザバー計算のモデルであるecho state networkの情報処理能力の指標である記憶容量や相互情報量などについて平均場近似を用いた理論計算を実行し、入力存在下における臨界点のやや安定側でこれらの指標が最大化されることを示した。また(b)に関連して、上記の定式化で用いられているKan拡張を数理モデルにおける選択の構造を与える枠組みとして解釈し、成長するネットワークのモデルや新規タイプ出現のポリヤの壺的モデル、べき乗則を生み出す標本空間縮減過程のモデルなどに適用して、これらの数理モデルにおける選択過程が統一的に理解できることを見出した。さらに、ネットワーク上のダイナミクスが生み出す時系列間の結合の複雑性を、順序パターン解析と位相的データ解析を結びつけて定量化する手法を構想した。
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