研究課題/領域番号 |
18K03443
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
内田 就也 東北大学, 理学研究科, 准教授 (10344649)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 非平衡系 / パターン形成 / 生物物理 |
研究実績の概要 |
(1)走化性を持つバクテリアのクラスター形成のモデルの構築 バクテリアの中には E. Coli (大腸菌)のように誘引物質を分泌することによって引き付けあって集合し、巨視的なクラスターを形成するものがある。本研究ではバクテリアを離散的な粒子として扱うことによって、従来の連続場理論の枠を超えて、バクテリアの微視的な特性を反映したアプローチを行なった。具体的には、2次元的なジオメトリーにおけるラン・アンド・タンブルによる運動を、三角格子上におけるランダムウォークとして表現するモデルを構築した。走化性はランダムウォークの方向転換確率を、バクテリアの位置における化学物質の濃度変化によって増減させることによって取り入れた。微視的な特性としては、排除体積相互作用、異方的な形状による整列相互作用、細胞分裂による増殖の3点を取り入れた。整列相互作用はクラスター形成を遅延させ、異方的なクラスターを形成する一方、細胞分裂による増殖はクラスター形成を加速し、異方的なクラスターをさらに伸長させる効果があることが判明した。また低密度極限において、現象論的に知られていた反応拡散方程式を再導出した。 (2) バクテリアカーペットの動的相転移と流動パターンの解析 多数のバクテリアを固体基盤上に接着したバクテリアカーペットにおいて、バクテリア集団が作り出す3次元流動パターンの解明を進めた。バクテリアの異方的形状、3次元的回転自由度、およびバクテリア菌体とべん毛の間の弾性変形の自由度を取り入れたモデルに基づき、バクテリアのべん毛活性(推進力)を変化させたときの相転移現象を再現した。その結果、べん毛活性が閾値を超えるとバクテリアの配向がそろったドメインが生じ、ドメイン間に対流パターンが発生することを見出した。また鉛直方向の流れの強さはドメインサイズとともに増大することが確認された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
(1) 走化性によるクラスター形成のモデルに関しては当初の計画通り(部分的には計画以上に)進んでいる。構築した格子モデルにより、従来の現象論的モデル(Keller-Segel 方程式) では取り扱いが困難だった排除体積相互作用を自然な形で取り入れることができた。また、バクテリアの異方的形状による整列相互作用および分裂による増殖についても、格子モデルを用いることにより自然な形でモデル化することができた。整列相互作用の強度はバクテリアのアスペクト比に依存するが、これはシミュレーションにおいては方向転換の時間的頻度を変えることによって有効的に実現できた。分裂に関しては、バクテリア濃度が高いときは分裂が抑制される効果、およびバクテリアは体軸方向に分裂するという特徴を取り入れることができた。後者は計画時には想定していなかった効果であるが、異方的なクラスターをさらに伸長させる際に重要な役割を果たすことが数値計算で確認できた。また連続体近似による解析的取り扱いでは、低密度領域で現象論方程式を再導出した他、バクテリアの方向場を含めることにより、向きがそろった状態での新しい連続場方程式を導出することができた。これらの結果については学会発表を行なったほか、論文を準備中である。 (2) バクテリアカーペットの解析に関してもほぼ計画通りに進んでいる。バクテリアの3次元的な方向自由度を含めたモデルによって、菌体が自発的に基盤に平行に配向することが示されたことは新たな知見である。これにもとづき、方向場に関しては従来の2次元モデルを採用しつつ流動場については3次元的に取り扱う、パラメータ数がより少なく計算効率の高いモデルが考案できた。 また、遊泳バクテリアの集団運動および固体基板上の滑走運動についても、当初の研究実施方針に沿って研究を進めており、基本的な数値計算アルゴリズムはほぼ完成している。
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今後の研究の推進方策 |
(1) 走化性によるクラスター形成のモデルでは、バクテリアの異方的形状の影響について、実験で測定可能なパラメータ(数密度、アスペクト比)とモデルパラメータとの関係を明らかにする。そのためバクテリア活性に伴う流動場のゆらぎから有効温度を見積もり、液晶相転移のオンサーガー理論を援用する。また、より現実に即したモデルとするため、走化性の時間応答特性の解析を行う。具体的には、ラン・アンド・タンブル運動における方向転換確率が、化学物質の濃度場の時間変化に依存して変化する。その時間応答関数の形状を変えることによって、クラスター形成速度や定常クラスターのサイズ、形状への影響を調べる。 (2) バクテリアカーペットの動的相転移に関しては、バクテリアの方向場を2次元的に制約したモデルを用いて、より実験に近いチャネル状の閉塞流路内での流動パターンを解析する。基板からの距離に対する流れ場の強さの変化を既存の実験結果と比較する。 (3) 遊泳バクテリアの集団運動については、数千のオーダーの個体が形成するバクテリア乱流を数値シミュレーションで再現するため、バクテリア間の相互作用を効率的に扱えるよう数値計算コードを改良する。排除体積効果についてはセルリスト法を用い、流体力学相互作用については、近接した個体間では直接計算、遠方の個体間では流れ場をスペクトル法により計算するハイブリッド法を採用する。 (4) 基板上の滑走による集団運動についても、数千のオーダーの個体が形成するパターンを再現するため、数値計算コードの改良を行う。具体的には、排除体積効果についてセルリスト法を用い、時間発展については紐状バクテリアの先端および後端のセグメントのみを更新するレプテーションアルゴリズムを採用する。 上記 (2)(3)(4) の数値計算をより高速に行うため、ワークステーションを導入する。
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