研究課題/領域番号 |
18K03446
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
古川 俊輔 慶應義塾大学, 理工学部(矢上), 講師 (50647716)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 物性理論 / トポロジカル秩序 / 冷却原子系 / 人工ゲージ場 / 量子ホール効果 / ボースアインシュタイン凝縮体 / 渦格子 / 量子エンタングルメント |
研究実績の概要 |
本研究課題は、対称性により多様化したトポロジカル相(symmetry enriched topological相; SET相)について、具体例の構築、実現法の提案、情報論的・操作論的特徴づけを行うことを目的としている。その舞台として、人工ゲージ場中の冷却原子系を中心に理論的研究を進めている。2019年度の成果は以下の2点である。 [1] 磁場中の第二種超伝導体と同様に、人工磁場中のボース・アインシュタイン凝縮体(BEC)においては量子化渦の格子が形成される。我々は、二成分BECに平行ないし反平行に人工磁場を印加した系を考え、渦格子の集団励起および量子揺らぎの効果を解析した。平均場解析のもとでは平行・反平行磁場中の系は同一の多彩な渦格子相図を示すことが知られていたが、量子揺らぎの効果により相境界が特に平行磁場の場合に大きく変更されることを明らかにした。また、成分間の量子的絡み合いを評価し、成分間斥力(引力)のもとでは平行(反平行)磁場の場合において二成分がより強く絡み合っていることを示した。これは、より強磁場の量子ホール領域において我々が以前見出した結果と定性的に合致する。集団励起に関しては、2018年度の結果を改良し、すべての相において、平行・反平行磁場中の低エネルギー分散関係が各々を適切にリスケールすることで一致するという興味深い関係式を得た。 [2] 銅鉱物ボルボサイトは、異方的籠目格子上で強磁性・反強磁性相互作用が競合するフラストレート磁性体であり、多彩な磁場誘起現象が実験的に観測されている。我々は、1/3磁化プラトー相からのスピン波展開を行うことで、この物質の磁性をマグノン気体描像により解析した。Dzyaloshinskii-Moriya相互作用の効果を取り入れることで、マグノンのBloch状態がベリー曲率を獲得すること、その結果として熱ホール効果が起きることを示した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究課題の実施計画においては、(1)人工磁場中のn成分Bose気体における量子ホール状態、(2)結晶対称性により多様化した分数Chern絶縁体、(3)SET相の情報論的・操作論的基礎の構築を具体的課題として挙げている。2019年度は、人工ゲージ場中の二成分BECの示す渦格子状態について量子揺らぎの効果を解析することで、課題(1)から派生する興味深い対象を開拓した。特に、成分間の量子的絡み合いを評価することで、量子ホール領域で見られていた平行・反平行磁場の場合の顕著な違いを定性的に再現した。この結果は、強い相関のために解析の難しい量子ホール領域の性質について、より解析のしやすいBECから系統的に量子揺らぎを取り入れることで知見を得られることを示唆する。これは新しい視点であり、今後の研究の指針として活かしたい。また、量子的絡み合いに関する解析ではエンタングルメント・エントロピーを用いており、課題(3)につながる内容である。この研究は国際研究会などで発表し、現在、論文を準備している。銅鉱物ボルボサイトは、その多彩な磁場誘起特性のミクロな視点からの理解は長年の課題であった。今回の研究では、同物質の隠れたトライマー構造に着目することで、熱ホール効果などが起こる機構を明らかにすることができた。特に、結晶構造の螺旋軸対称性の重要性を指摘し、磁場を螺旋軸以外の方向に印加し、螺旋軸対称性を破ることで熱ホール効果が起きることを示した。これは、結晶対称性がマグノンのBloch状態の幾何学的性質に影響を与える例であり、課題(2)との関連で興味深い。この成果はJ. Phys. Soc. Jpn.誌に出版され、注目論文に選ばれた。予言された熱ホール効果の磁場の方向に対する依存性について、実験的検証が期待される。
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今後の研究の推進方策 |
人工ゲージ場中の二成分BECの渦格子状態における量子揺らぎに関する研究を完成させる。量子的絡み合いや凝縮率などについて追加の数値計算を行い、場の理論で予言されるスケーリング則との比較を行う。その上で、量子揺らぎと集団励起に関する一連の結果を論文としてまとめる。また、派生した研究内容として、(人工ゲージ場のない)一様な二成分BECにおける成分間の量子的絡み合いに関する研究を行う。このように基本的な系に対して確実な知見を得ることによって、人工ゲージ場が入った系の特異性を浮き彫りにすることができると期待される。すでに得られた結果として、成分間の粒子のトンネリングの有無に応じて、エンタングルメント・スペクトルやエンタングルメント・エントロピーが質的に異なる振舞をする様子が見られており、その物理的起源を明らかにする。さらに、2018年度から取り組んでいるn成分Bose気体の量子ホール状態について、トポロジカルな場の理論との比較検討や端状態の安定性に関する解析を加えた上で論文を完成させる。 ボルボサイトについて、2019年度の成果を発展させ、Dzyaloshinskii-Moriya (DM)相互作用のスピン液晶状態に対する影響を解析する。スピン液晶状態の出現機構としてマグノン束縛状態の凝縮が知られるが、等方的な模型においてはこの凝縮はU(1)対称性の自発的な破れを伴い、超流動転移と同じクラスに属する。DM相互作用により異方性が導入されることで転移の性質がどう変わるかを、対称性に基づく議論や数値計算により明らかにする。さらに、スピン液晶状態や上記の転移の特徴を熱ホール効果によって捉えられるか否かについても解析する。磁性体におけるDM相互作用の効果は、BECに対する人工ゲージ場の効果と類似点が多く、2種類の対象を同時に研究することで相乗効果が期待される。
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次年度使用額が生じた理由 |
(理由)2019年度は、国内研究会での招待講演を一件行い、複数の国際研究会でポスター発表を行ったが、いずれも国内で開催されたものであり、宿泊・交通費の出費が当初の予定より少なくなった。また、コロナウィルス感染拡大のために、開催中止となった研究会もあった。このような事情により次年度使用額が生じた。 (使用計画)2020年度の研究費の主要用途は、国内・国際学会において成果を発表するための出張旅費、および、論文投稿料を予定している。得られた研究成果を随時発表し、関連分野の研究者と議論を行う中でさらに発展させていくことを計画している。
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