研究課題/領域番号 |
18K03465
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研究機関 | 大阪市立大学 |
研究代表者 |
杉崎 研司 大阪市立大学, 大学院理学研究科, 特任講師 (70514529)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 量子コンピュータ / 量子化学計算 / 開殻分子 |
研究実績の概要 |
分子内に不対電子を持つ開殻分子系の高精度量子化学計算を量子コンピュータで実行するための新規手法開発を目指し、スピン二乗演算子のもとでの波動関数の時間発展を効率的かつ高精度にシミュレートするために、一般化スピン座標マッピング法という新しい波動関数マッピング法を提案した。これにより、波動関数の時間発展量子シミュレーションに必要な量子ゲート数の約90%を削減することに成功した。本手法と量子位相推定アルゴリズムを組み合わせることで、任意の波動関数のスピン量子数Sを決定する新規手法を報告した。本手法を用いることで、3電子系において1個の量子ビットの測定からスピン二重項状態とスピン四重項状態を区別できることを明らかにした。 スピン演算子のもとでの波動関数の時間発展量子シミュレーションにおけるTrotter分解の影響を調べ、Jordan-Wigner変換に基づく波動関数マッピング法はTrotter分解による計算誤差が非常に大きいのに対し、一般化スピン座標マッピング法を用いることでTrotter分解による計算誤差が小さくなり、波動関数の時間発展量子シミュレーションの精度を向上させることに成功した。 また、様々な開殻分子系についてゼロ磁場分裂テンソル、gテンソルなどのスピンハミルトニアンパラメータの量子化学計算、およびパイ共役ラジカル二量体における多中心結合解析を古典コンピュータ上で行い、量子コンピュータを用いた計算の参照値となるデータを得た。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
量子コンピュータによる量子化学計算において、波動関数の時間発展量子シミュレーションは最も基本的な演算の1つであり、ハミルトニアンに可換でない演算子が多数含まれることからTrotter分解に基づくアプローチが一般に用いられている。このため、Trotter分解による計算誤差を最小化することは量子コンピュータによる量子化学計算の精度向上に欠かせない。開殻分子ではスピン演算子を用いた演算を実行することでスピン量子数に依存した分子物性などを明らかにすることができる。本研究で提案した一般化スピン座標マッピング法は量子シミュレーションに必要な量子ゲート数の削減だけでなく、Trotter分解による数値誤差も大幅に削減することに成功した。この成果を基に、波動関数の時間発展量子シミュレーションと機械学習を組み合わせることで、本研究の目標である交換相互作用パラメータJの高精度計算が可能になると期待される。 また、量子コンピュータを用いた量子化学計算の妥当性を検証するためには古典コンピュータ上での高精度量子化学計算が必須であるので、パイ共役ラジカル二量体やスピン局在型ビラジカル、遷移金属錯体など、電子構造が大きく異なる様々な開殻分子について、交換相互作用パラメータJ、ゼロ磁場分裂テンソル、gテンソルなどの量子化学計算を実行した。 研究成果として、4報の論文(うち1報は筆頭著者)を国際学術雑誌で発表した。
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今後の研究の推進方策 |
スピン座標マッピング法を用いることで、波動関数の時間発展量子シミュレーションに必要な量子ゲート数の削減と、Trotter分解による計算誤差を削減することに成功し、任意の波動関数の長時間の時間発展量子シミュレーションを簡便かつ高精度に実行するための道筋が明らかになった。本手法とベイズ推定を組み合わせることで交換相互作用パラメータJを高精度に計算するための数値シミュレーションプログラムの開発を進め、数値計算を実行する。量子コンピュータを用いたベイズ推定では、ベイズ改訂を効果的に進めるために、よい事前確率の設定、尤度関数の効率的見積もり、事後確率の関数によるフィッティングなど様々な解決すべき課題が予想される。数値シミュレーションはまず、水素分子のような2電子系について実行し、その後電子数を徐々に増やしていき、ベイズ改訂回数などの計算量、交換相互作用パラメータJの計算精度などについて知見を得る。数値シミュレーションで得られた交換相互作用パラメータJの計算精度は、古典コンピュータ上でのFull-CI計算結果と比較することで検証する。 開殻分子では交換相互作用パラメータJだけでなく、ゼロ磁場分裂テンソルやgテンソルなど、様々なスピンハミルトニアンパラメータが電子構造を反映する。これらスピンハミルトニアンパラメータを量子コンピュータを用いて算出するための新規量子アルゴリズムの開発を進めるとともに、古典コンピュータを用いた高精度量子化学計算手法の開発も進めていく。
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次年度使用額が生じた理由 |
2019年度はその他の支出として、学術論文オープンアクセス化費用を計上していたが、2018年度に生じた次年度使用額を学術論文オープンアクセス化費用として使用したため、差引額が発生した。2020年度分として請求した助成金と合わせて、新たに筆頭著者として執筆する論文のオープンアクセス化費用、国際会議で研究成果を発表するための旅費として使用する予定である。
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