孤立量子系における熱平衡化やミクロ系における輸送現象をはじめとする非平衡現象について、急速に理解が深まりつつある。しかし、熱平衡化のダイナミクスについては局所保存量の役割や緩和時間の決定要因等不明な点が多い。また、熱平衡化を仮定した上でミクロ系の動作原理を扱う理論として、確率的熱力学が発展しつつある。 そこで、本研究では、操作的な非平衡統計力学の構築に取り組んだ。まず、当該年度の成果を述べ、その後に当該研究期間全体の成果を述べる。 エントロピー生成の揺らぎに対するすべてのキュムラントを扱う揺らぎの定理が成立することは良く知られている。一方、カレントのprecisionとエントロピー生成の不等式関係である熱力学的不確定性関係が多くの系で成立し、近年注目されている。本研究では、熱力学的不確定性関係が成立する必要十分条件を、揺らぎの定理と大偏差原理に基づき導出した。これは、複数の時間積算したカレントを扱う場合、扱うカレントに応じて複数ある不等式間に包含関係があること、短時間において等号が成立するメカニズムを明示しかつカレントの平均と分散のスケーリング指数に一般的な関係があることを明らかにした点が非自明である。この成果は、論文として公刊した。また、2つの国際会議において口頭発表を行った。 当該研究期間全体としては、まず可解な孤立量子系における緩和の問題に取り組み、部分系を扱うことで開放系への拡張も行った。また、熱平衡化に対する他の理論として、固有状態熱化仮説がある。これに対して、重ね合わせ状態の性質として固有状態熱化仮説の説明を与えた。量子状態の重ね合わせの指標であるentanglement entropyが満たす一般的な不等式を示し、間接的な測定の基礎を与えた。また、熱力学的不確定性関係の量子系への拡張についても孤立系の観点から取り組んだ。
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