研究課題/領域番号 |
18K03491
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
八田 振一郎 京都大学, 理学研究科, 助教 (70420396)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 有機金属界面 / 光電子分光 / 低速電子回折 |
研究実績の概要 |
本研究課題では有機/金属界面の電子状態形成に関わる分子軌道と金属表面電子状態の相互作用を明らかにすることを目的としている。半導体基板上の金属超薄膜を用いることで分子と金属の電子状態変化を同じように詳しく調べることを特色としている。初年度の研究においてSi(111)表面に作製した2原子層In超薄膜上においてフタロシアニン(H2Pc)および3d遷移金属(M=Fe,Co,Cu)を内包したフタロシアニン(MPc)が単分子層において同一の単位格子の2次元結晶を構成することを明らかにし、また、光電子分光実験によってFePc単分子層に特有の電子状態、すなわち界面電子状態がフェルミ準位近傍に形成されることを見出した。 第二次年度にあたる本年度、このMPc単分子層に関して九州シンクロトロン光研究センター内、佐賀大学ビームライン(BL13)における放射光ARPES実験を実施した。遷移金属のd軌道電子のPES強度が110eVの励起光で大きくなることを利用し、FePcの界面電子状態がd軌道(eg)に由来することを特定した。同様の界面電子状態がCoPc単分子層でも観測された。一方、CuPcではH2Pcに類似した界面電子状態が観測された。このことはMPcとIn表面との相互作用が金属イオンを介したタイプと配位子を介したタイプに分けられることを示唆している。また、低速電子回折を用いて単分子層の形成過程を調べ、d軌道が界面状態を形成している分子についてより強い引力的な分子-分子間相互作用があることが分かった。この他、新しい基板金属となりうる1原子層のIn超薄膜の電子状態および原子構造の研究も継続して行い、この超薄膜が一軸性の不整合構造であることを明らかにした。また、冷却によって構造変化を伴う金属-絶縁体転移が引き起こされることも発見した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
放射光を用いた実験により界面電子状態を構成する分子軌道を特定できたことは大きな前進であった。これによりフタロシアニンと金属表面との相互作用が分子の中心金属種によって変化することが確認できた。放射光施設での実験では、別々の真空装置において分子の被覆率を正確に対応させることができるかが問題であったが、仕事関数変化とIn4d内殻準位の光電子スペクトル強度の減衰を参照することでこれを解決し、幅広い膜厚範囲での測定を系統的に実施できた。 中心金属種によってフタロシアニンと金属表面との相互作用が変化することが明らかになった。一方、低速電子回折による観察からフタロシアニン単分子層の成長過程について、低被覆率から結晶アイランドが成長する分子と、被覆率が1近くに達してからガス状から結晶相へ転移する場合がそれぞれ見つかった。この性質は分子-分子間相互作用の違いによる。単分子層内においては分子間に軌道の重なりがないため直接的な相互作用は概ね反発的であるから、これらの結果は分子-表面間と分子-分子間の相互作用の密接な関係を示めしている。すなわち、界面状態の形成は基板を介した間接的な分子-分子間相互作用をもたらし、単分子層の形成においても重要な働きをしていることが明確になった。
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今後の研究の推進方策 |
これまで室温試料についての実験が主体であったが、温度変化および低温での実験も実施する。光電子分光では低温であるほど格子振動によるぼやけが低減されるため、まだ解明できていない界面電子状態と金属表面の電子状態との関係を明らかにできると考えている。 また、これまでFePc、CoPcおよびCuPcの金属フタロシアニンについて実験を行ってきたが、系統研究として次はNiPcを調べる必要がある。NiPcについては高純度試料が市販されていなかったため、大阪大学大学院理学研究科の山田助教の支援をうけ、昇華精製したNiPc試料の作製をすでに行い、吸着状態に関する低速電子回折実験を開始している。今後、光電子分光測定を実施し、分子-表面間相互作用とd軌道の軌道構成との関係を明らかにする。 これまでにeg軌道による界面状態の形成を観測してきたが、この他のd軌道についてはほとんど分かっていない。強い分子-表面間相互作用は分子軌道の状態密度の分布を広げ、光電子分光によって特定することが難しい状態に変化している可能性がある。この影響はこれまでに観測したeg軌道より金属表面に接近すると考えられるdz2軌道について強く現れると予想される。フタロシアニンの2次元結晶はIn超薄膜に整合した超格子を形成していることが分かっており、構造の周期性は第一原理電子状態計算にとって有利である。これを行い、光電子分光測定だけでは判定が難しい電子状態変化についても調べ、金属フタロシアニンとIn表面の相互作用について総合的な理解を目指す。
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