研究課題
ディラック半金属やワイル半金属など、ある種の対称性を有する系やその対称性が破れた系で発現する特異な電子・スピン構造に注目が集まっている。3d遷移金属モノシリサイドMSi (M=Mn、Fe、Co)は、様々な物性を示すことでも知られており、長年、物性研究がなされている。本研究では、MSiの電子・スピン構造を位相や次元性、また対称性、表面といった新しい観点から詳細に調べ、これまでの物性研究の結果と比較することで、この物質系での新しい物理的知見を得ることを目的とし、研究実績のあるFeSiに注目して実験を進めている。FeSiを機械研磨とアニールによる(001)、(011)、(111)方向での清浄表面作成を行い、角度分解光電子分光(ARPES)実験をすべての面において実施、特定の励起エネルギーで明瞭なエネルギー分散スペクトルを得ることができ、再現性も非常に良いことが分かった。(011)面の測定は、1x1のLEED像が得られたが、バンド計算と比較できるARPESスペクトルが得られなかった。(001)面では、励起エネルギー25~135eVを使い、kz分散を得ることができ、周期性から内部ポテンシャルの決定を行えた。またkx-kyの2次元バンド分散を観測したところ、2回対称であることが分かった。フェルミ準位近傍にバルクのバンド計算と一致しない電子構造があり、これらは表面バンドと考えられる。スラブモデルでの表面バンド計算を行ったが、対応するバンド構造は得られず、これについては、引き続き構造を変えての計算、解析を行っている。Γ-M、M-XでのARPES測定ができる励起エネルギーを選択しての測定を行い、得られた結果を、電子-電子相関を考慮した自己エネルギーによってバンド幅の減少させたバンド計算結果と比較したところ、以前の報告よりも電子-電子粗相互作用の効果が弱く見積もられた。
2: おおむね順調に進展している
FeSiにおいて、アニール温度の最適条件を決定し得られた研磨清浄面と、従来通りの破断で得られた清浄面に対し測定を行い、得られたスペクトルのバックグラントやS/N比、スペクトルピーク幅を比較したところ、同等程度かそれ以上の質の良いスペクトルが得られた。再現性については研磨面の方が良く行えることが分かった。(011)面に関しては、明瞭なLEED像が得られる清浄表面でARPES測定行い、スペクトルは得られたが、解析し得る結果といえず、この面での測定は進めないことにした。(001)面の測定では、励起エネルギー依存性測定からkz方向のバンド分散を観測に成功し、周期性から内部ポテンシャルを17eVと決定することができた。このことで、高対称線Γ-M、M-Xで明瞭なスペクトルを得られる励起エネルギーをhv=51eVとhv=72eVに決定できた。得られたスペクトルとバンド計算結果を電子-電子相互作用を表す自己エネルギーをモデル関数を使い、バンド幅を変化させ、比較・解析を行うことができた。今回の測定から見積もられる電子相関効果は、これまで報告されている角度積分測定やARPES測定から解析した結果とくらべ、弱いことが分かってきた。これまでの報告では、破断面での測定であるため、表面の影響が大きいのではないかと考えている。(111)面の測定では、励起エネルギーhv=8.4eV、垂直放出において、詳細な温度変化測定を実施できた。(001)面の測定で決定できた内部ポテンシャルを(111)面の測定結果に当てはめると、hv=8.4eVでは、Γ点を測定できていることが分かり、高対称点での測定ができていることが分かった。このような詳細な議論ができる測定は、再現性の良いARPES測定のデータが得られることが必須条件であり、その測定が研磨表面では可能であることが分かった。これらから上記のように判断した。
FeSiは、研磨面での(111)面と(100)面のARPES測定とスピン分解ARPES測定を行う。令和元年度の測定・研究より、(100)面での詳細なkz分散を測定できたため、内部ポテンシャルの決定を行うことができた。これにより、バルクの高対称線Γ-X、X-Mの測定が行えたので、今年度は、ワイル点が存在するX-R、M-Rに注目して測定を進める。また、昨年度もK蒸着による電子ドープを試み測定を行ったが、成功はしなかったので、再度試み、エネルギーギャップの形状やギャップ内状態の観測を行う。これにより、表面電子状態についての知見を得られると考えている。昨年度、装置の不調から行えなかったスピン分解ARPES測定も進める。スピン軌道相互作用を考慮したバンド計算からはスピン分裂すると予測される為、スピン成分も運動量に対して構造をもつことが期待される。CoSiで理論予測されたような特異なスピン構造をもつバンドが存在するかなど、同じ結晶構造を持つFeSiについて測定を行う。特に、CoSiではワイルフェルミオンの存在が予測されるR点近傍やカイラルフェルミオンの存在が予測されるΓ点近傍に注目する。また、表面のバンド計算も引き続き行い、結果を測定結果と比較し、バルクと表面のバンド構造の決定を行いたい。(111)面についても、正確にΓ点とR点を測定できる励起エネルギーが分かった。強い円二色性も観測され、高対称点周辺で縦横直線偏光と左右円偏光の4種類の変更を用いスピン分解ARPES測定を行うことで、始状態のバルクと表面のスピン構造の解明できるものと期待できる。MnSi、CoSiについては薄膜製作を進めている。今年度、CoとMnの蒸着を始める予定である。LEED等を用い結晶性の評価も行えれば、価電子帯全体のバンドをARPES測定を行う予定である。これらを行い、この系のスピン電子構造の解明を目指す。
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