多くの有機モット絶縁体は,一旦低温で絶縁体に転移したのち,さらに低温で反強磁性状態へと転移する。その反強磁性絶縁体相に物理的・化学的圧力を加えることで金属化し超伝導が誘起される。しかし,磁場有機超伝導体として知られる有機伝導体λ-BETS2FeCl4は,低温で金属絶縁体転移と同時に反強磁性転移を示す。磁場誘起超伝導状態の発現機構に関しては,鉄が作る内部磁場を外部磁場がキャンセルすることによって超伝導が発現するという補償メカニズムでせつめいされているが,そもそもの金属絶縁体転移がモット転移と同様のメカニズムであるかどうかについては,未だ十分に研究されていない。 本研究では,このλ-BETS2FeCl4の金属絶縁体転移の起源,すなわち,モット転移で説明できるものであるかどうかに関する情報を得るために,圧力効果に着目した。本物質は電気抵抗測定から,圧力をかけることでも絶縁体状態が抑制され,低温まで金属化し超伝導が現れることが知られていた。しかし,圧力下における磁性がどのようになっているかは知られていなかった。そこで本研究では,圧力下において静磁化の測定を行った。 反強磁性転移温度TNは,0から0.4 kbarの圧力印加で8.5 Kから4.5 Kまで急激に低下した一方,0.4から1.5 kbarの圧力ではほとんど変化しなかった。一方,常磁性ワイス温度はすべての圧力領域でほとんど変化がなかった。この物質において,磁性はBETS分子のπ電子と鉄のd電子の両方が担っていると考えられるが,観測されている磁性は主に鉄であるので,鉄のd電子をとりまく磁気的環境は圧力によってほとんど変化がない一方,TNには急激な変化が見られるので,主にπ電子の磁性が圧力によって抑制されているのではないかと推測される。したがって,この物質における金属絶縁体転移の起源は,BETS分子のπ電子が担っていると考えられる。
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