研究課題/領域番号 |
18K03534
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
田久保 耕 東京大学, 物性研究所, 特任研究員 (30738365)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 光誘起相転移ダイナミクス / スピン・軌道揺らぎ / 量子スピン軌道液体 / 共鳴軟X線散乱 |
研究実績の概要 |
強相関電子系物質の電子構造の光誘起ダイナミクス研究を目的として、放射光X線を用いた時間分解型の共鳴軟X線散乱測定を行った。測定対象としてはBa3CuSb2O9やIr1-xPtxTe2等の2次元系のフラストレーション化合物及びBaFe2(S,Se)3等の揺らぎの大きな1次元系の超伝導体を計画し、特にダイナミクスに現れるフォノンと揺らぎに着目した研究を行った。光照射・光誘起相転移に伴う構造と電子状態変化のダイナミクスを観測した。100ピコ秒領域の広範な高速ダイナミクスの観測により、これらの物質の示すスピン液体状態や非従来型の超伝導などの量子現象と結合する集団的フォノンや軌道/磁性の秩序状態を時間軸で分離して観測した。 Ba3CuSb2O9の研究においては、時間分解共鳴軟X線散乱測定により、この物質の示すスピン・軌道揺らぎと関連する「集団的フォノン」を、光照射に伴って発現する「コヒーレントフォノン」として直接的に可視化することに成功した。さらにX線吸収分光(XAS)により、六方晶のBa3CuSb2O9にはCu2+だけでなくCu3+サイトが混ざっていることが明らかとなった。酸化物におけるCu3+サイトは一般に負の電荷移動エネルギーを持つため、Ba3CuSb2O9は基底状態において酸素サイト側にホールが入った状態になっていることが示唆される。このことは酸素K端のXASや可視の光学スペクトルにpre-edge構造が観測されることともよく対応する。六方晶のBa3CuSb2O9においては、銅サイトと酸素サイトが強く混成した非常に奇妙な電子状態が実現しており、量子スピン軌道液体の発現と密接に関連していると想定される。 また、超伝導体BaFe2(S,Se)3においては、超伝導と電荷・磁気・軌道の秩序と揺らぎの共存/競合関係をX線吸収分光および共鳴軟X線散乱によって分離観測した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
時間分解共鳴軟X線散乱測定を行い、Ba3CuSb2O9が持つ集団的フォノンを、光照射に伴って発現するコヒーレントフォノンとして直接的に可視化することに成功した。フォノンの振動数は予想していた時間スケールとおおよそ合致する。また超伝導体BaFe2(S,Se)3においては、超伝導と電荷・磁気・軌道の秩序と揺らぎの共存/競合関係をX線吸収分光および共鳴軟X線散乱によって分離観測することに成功した。 おおむね当初の想定通りの実験結果が得られ始めているため、計画としては順調であるが、詳細な温度変化などの測定には至っておらず、成果としてまとめていく為に、今後さらなる追加測定を計画する。
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今後の研究の推進方策 |
放射光施設を利用した時間分解共鳴軟X散乱実験は、おおむね研究計画通りに行われ、想定する実験成果が得られ始めている。 一方で研究代表者の本務先が移り、新たに大学の実験室内での可視領域の分光や電子線回折によるポンププローブ測定を行う体制が整った。今後、これらのフェムト秒領域の測定を時間分解共鳴軟X散乱実験に加えて相補的に行っていくことで、光誘起相転移ダイナミクスの研究を一層、推進させていく計画である。 また、自由電子レーザー施設や海外の放射光のレーザーslicing設備も利用したフェムト秒領域の時間分解共鳴軟X線散乱も計画する。
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次年度使用額が生じた理由 |
本年度は既存の装置・設備を流用することで測定が比較的順調に進み、新たに多くの物品を購入する必要性が乏しくなった。そのため次年度使用額が生じた。 次年度は可視領域のポンププローブ分光や電子線回折測定を新たに計画し、当初からの予定でもあった精密測定用電子機器や光学部品を追加購入する。そちらの物品費に未使用額を充当する。測定手法を組み合わせた研究を遂行することにより相補的に研究を推進する。
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