研究実績の概要 |
Ag-Sn-Se3元系においてNaCl型構造を持つAg1-xSn1+xSe2は比較的高い超伝導転移温度(~6 K)を示すだけでなく、仮想のNaCl型SnSeがディラック物質であるという予言から、ディラック点を持つ超伝導体と期待されている。 このような超伝導体において組成を系統的に変化した多結晶試料を合成したところ、超伝導転移温度はSnの濃度に比例して変化していること、中性条件とAgが1+の価数をとることを考慮すると、Snの価数は3+とその周辺に変化するであろうことが明らかになった。Snの価数が2s軌道の有無によって決定され、2+又は4+しか実現しないことを考慮すると、当該物質は高温超伝導発現機構として提唱されているバレンススキップ超伝導が実現している可能性が強く示唆された。 このAg1-xSn1+xSe2においていくつかの組成を合成し光電子分光(XPS)を行ったところ、超伝導を示す組成においては2+, 4+のSnの価数が同時に観測された。これはバレンススキップ超伝導として研究されている物質においても初であった。超伝導状態においてディラック電子実現の可能性と、バレンススキップ超伝導におけるバンド構造への興味から単結晶合成を目指して研究を行った。研究機関を通じて超伝導転移温度の異なる二つの組成で単結晶を合成した。価数が2+, 4+で異なる場合、電荷分布の変化からSn-Seの結合長が2種類あることが強く期待されたため、広域X線吸収微細構造 (EXAFS)を含む測定を行った。同時に行った多結晶試料の核磁気共鳴(NMR)と第一原理計算においても結合長の変化が見られなかったことから、異なる価数のSnは空間的に局在して分布しているのではなく、一様な金属的な電子状態内に重なって存在している可能性を強く示唆した。
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